2019年12月31日火曜日

フォン・ノイマンについて(1)イントロダクション

 ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann, 1903-1957)は20世紀の天才である。彼は世界的に有名な科学者であり、さまざまな学問分野で第一級の業績を上げ、現在彼の業績をもとに発展している科学分野も多い。人類始まって以来の天才の一人と言えるのかもしれない。

 彼の業績の中で気象学への貢献は、彼の中ではわずかでしかないと思う。しかし、数値予報の歴史から見ると彼の業績は絶大である。現在の人々は、コンピュータを用いた数値予報という形で彼の恩恵を蒙っている。元気象庁長官である新田尚が気象学会誌で「コンピューター・サイドからの数値予報の歴史を明らかにすることも重要であることを特に強調しておきたい。」と述べている[1]が、本の「10-2 数値予報の試み」で触れているように、その黎明期はまさにフォン・ノイマンの独壇場であった。

 フォン・ノイマンの業績に触れた書は多いが、ある専門分野での業績に絞ったものが多く、彼の業績全体を網羅したものはそれほど多くないと思われる。その理由は、彼の業績の広さと深さにある。彼はいろいろな分野で最先端の業績を残した。それぞれの専門家が自分の専門分野での彼の業績を評価することは容易であろうが、あまりに幅広い分野での彼の奥深い業績を、あまねく評価できる人は多くないのではないか。

 そういう中でアメリカのノーマン・マクレイが書いた「フォン・ノイマンの生涯」(朝日選書、渡辺正、芦田みどり訳)は、フォン・ノイマンの業績を広く総括していると思う。これはマクレイが経済学を専門としたジャーナリストで、多くの人々に取材したからできたのだろうか?ここでは数回に分けて、この本を参考に他の文献なども合わせて、気象学だけでなくそれに影響を与えたと思われる彼の業績を広くまとめてみたい。

 まずフォン・ノイマンの業績の流れだけ記しておくと、彼は1920年代の純粋数学界に新風を吹きこんだあと、できたばかりの量子力学、理論物理学、応用物理学、意思決定理論、気象学、経済学にそれぞれの発展の方向性を決めるような大きな業績を残し、原子爆弾開発などの軍のプロジェクトにも参加し、また学問だけでなく第二次世界大戦後はアメリカ政府の核戦争抑止ための政策にも大きく関与した[2]。

 フォン・ノイマンが関わった学問分野としては、集合論、代数学、機能の理論、測度論、トポロジー、連続群、ヒルベルト空間論、作用素論、束論、連続幾何学、理論物理学、量子論、統計力学、流体力学、一次方程式と逆解行列、ゲーム理論、経済学、電子計算機の理論と動作、モンテカルロ法、ロボットの理論、確率理論、核エネルギーと核兵器の確立などがある[2]。彼には150編を超える論文がある。それらのうちの約60編は純粋数学(集合論、論理、位相群、測度論、エルゴード理論、作用素論と連続幾何学)に関して、約20編は物理学に関して、約60編は応用数学(統計、ゲームの理論とコンピュータ論を含む)に関するものである[3]。おそらくこれらのどれか一つの分野でも彼は一流の専門家として十分通用したであろう。そう考えると彼は鬼才だったとしか言いようがない。

 なお、1940年代に原子爆弾の開発に大きく貢献した4名のほぼ同年代のハンガリー人がいる。レオ・シラード(1898–1964)、ユージン・ウィグナー(1902-1995)、フォン・ノイマン(1903-1957)、エドワード・テラー(1908-2003)である。彼らは、19世紀末から20世紀初めにブダペストの同じ地区に生まれ、同じ学校に通ってアメリカで活躍した[4]。当時のハンガリーの教育システムが卓抜していたのだろうか?ノイマンはその一人でもある。また偶然かもしれないが、この時代はハンガリーがやはり世界的に有名になった同年代の指揮者を続々と輩出した(フリッツ・ライナー、ジョージ・セル、ユージン・オーマンディ、アンタル・ドラティ、ゲオルク・ショルティ、フェレンツ・フリッチャイ)ことでも知られている。

つづく

[1] 新田尚-2009-1 数値予報の歴史―数値予報開始50周年を迎えて―, 天気, 56, 11, 894-900.
[2]Gass S. I. (2006) IFORS' Operational Research Hall of Fame: John von Neumann. International Transactions in Operations Research, 13 (1): 85-90.
[3] P. R. Halmos, (1973) The Legend of John Von Neumann, The American Mathematical Monthly, 80, 4, 382-394.
[4]ノーマン・マクレイ、渡辺正、芦田みどり訳(1998)「フォン・ノイマンの生涯」、朝日選書

2019年12月17日火曜日

これまでのタイトル(1~60)の整理

これまで書いたブログ(1~60)の目次を一度整理しておきます。
俯瞰してタイトルを見て、目的のブログにアクセスすることができます。

1 いまさら歴史?
2 数学者オイラー
3 地球環境の長期監視の重要性
4 科学と技術
5 学会と気象観測
6 「天気の子」と気象改変
7 大気力学でのソレノイド
8 前線のその後
9 歴史と新たな発想
10 ペリーとレッドフィールド
11 初めての風力計
12 嵐の構造についての発見
13 インターネットの発展と文献
14 ムンクの「叫び」とクラカタウ火山
15 ロバート・フックと気象観測
16 ケッペンについて1
17 ケッペンについて2
18 古代中国での気象学(1)初期の考え方
19 古代中国での気象学(2)天人相関思想
20 古代中国での気象学(3)気象観察
21 古代中国での気象学(4)二十四節気
22 リヒャルト・アスマン(その1)
23 リヒャルト・アスマン(その2)
24 テスラン・ド・ボール
25 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(1) 概要
26 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(2) 初期の気球観測 
27 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(3) 本格的な観測の始まり
28 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(4) 無人気球による観測の問題点
29 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(5)初めての無人探測気球観測
30 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(6) ドイツのアスマンによる観測
31 時代と民族を超えて気象の解明に尽力した人々の記録
32 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(7) ヨーロッパでの組織的観測
33 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(8) テスラン・ド・ボールによる発見
34 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(9) ドイツのアスマンによる発見
35 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(10) 成層圏存在の認知
36 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(11)成層圏の存在と原因の広がり
37 高層気象観測の始まりと成層圏の発見(12)成層圏発見の意義
38 ウィリアム・ダインス(1)家系と彼の若い頃
39 ウィリアム・ダインス(2)テイ鉄道橋大惨事について
40 ウィリアム・ダインス(3)風速計の調査
41 ウィリアム・ダインス(4)新たな風速計の開発
42 ウィリアム・ダインス(5)高層気象学への貢献
43 ヨーロッパでの竜巻研究についての補記
44 気象観測と時刻体系
45 雪の観察
46 「気象学はこうして生まれ発展してきた」
47 気候学の歴史(1) 気候(気象)観測の始まり
48 気候学の歴史(2) 当初の気候観測と人間生活の関わり
49 気候学の歴史(3) 気候学研究の始まり
50 気候学の歴史(4) 気候統計とデータ処理
51 気候学の歴史(5) 気候データの保管
52 気候学の歴史(6):気候学の変革
53 気候学の歴史(7):気候モデルの登場
54 気候学の歴史(8): 気候モデルと日本人研究者
55 気候学の歴史(9): 気候モデルとコンピュータ
56 気候学の歴史(10): モデル技術を用いた気候再解析
57 世界規模観測網(レゾー・モンディアル)と国際政治
58 気温測定の難しさ
59 気温のトレンド(長期変化傾向)把握のためのデータセットについて
60 フンボルトとコロンブス