2018年12月12日水曜日

科学と技術

 もともと科学(science)は、自然哲学のように知識全般を指す広い意味を持っていた。そして、科学という言葉のもととなった自然哲学は、古代ギリシャを発祥とし、12世紀ルネサンス期に西ヨーロッパに伝わって、ルネサンス期に大学の中で培われた。

 しかし19世紀前半頃から、知識全般という意味を持ったscienceという言葉は、特殊で個別の分野の研究を指す言葉へと変わっていった[1]。そのことに対応して本の6章「嵐の解明と気象警報の始まり」で述べているようにイギリスの哲学者、W・ヒューエルはそういう個別の学問に職業として取り組む人々に対して科学者(scientist)という造語を作った。

 そういう意味でscienceの和訳である科学と言う言葉は的を射ている。つまり文字通り科学は分科された学問である。そして自然哲学はルネサンス期には復古学に近かったものの、アカデミックな純粋学問として扱われるようになり、論文や学会誌などの強固な科学制度が確立されていった。これら科学は純粋学問の追究の場であった。

 一方で、いわゆる技術は、当初伝統的な職人集団の中で生まれて伝えられてきた。そして印刷技術の発明は、一般の技術の発達や普及に貢献した。そういう中で15世紀頃から鉱山、土木、冶金、航海術などの技術が発達していった。これらは国家の発展に不可欠になっていき、例えば18世紀末のフランスの「エコール・ポリテクニーク」のように技術専門の学校が出現して、技術者の養成が始まった。同様な動きは当時のドイツの「高等工業専門学校」やアメリカの州立工科大学に見られる。これらの学校は大学とは全く異なる別組織である[1]。

 ただ、皮肉なことに技術の発明や革命はこの技術教育学校から生まれたものだけでなく、市井の研究熱心なアマチュアから生まれたものも少なくない。19世紀末から20世紀初めに活躍した鉄鋼王のカーネギー、自動車会社を興したフォード、ベンツ、ダイムラー、発明王であるエディソン、化学工業を興したデュポンなどはきちんとした教育を受けていない[1]。しかし、彼らが発明したものや技術は、その後多くの技術者によって実用化、商用化されて広まっていった。

 ここでのポイントは、19世紀頃までは科学と技術のそれぞれは独立して別物であり、両者の交流は少なかったということである。西洋ではある意味この余波がまだ続いており、欧米での大学における工学の位置は決して高くない面がある。アメリカやイギリスの総合大学の多くにはアカデミズムの追求の場として工学部がなく、工科大学などが別にある。ただし、近年は「科学に基づいた技術」が一般化し、科学と技術の違いは曖昧になってきている。それでも欧米には日本語の「科学技術」に対応する言葉はない[2]ということには留意する必要がある。

 そして、本の8-8 「気象予測技術の行き詰まり」で述べている19世紀末気象予報の行き詰まりに、この科学と技術という考え方の違いが大きく影響した。当時の気象予報方法は科学というより技術に近く、気象に興味を持つ科学者はいても、余技か一時的な関わりだった。気象学も力学や熱力学などを導入して科学らしくなりつつあったが、正統な学問とは見なされず、気象予報との接点もほとんどなかった。本の6-2-4「フィッツロイによるイギリスでの暴風警報と天気予報」で述べているように、1861年にイギリスでフィッツロイが始めた気象予報は、学者が集まった委員会によって中止された。また、19世紀末になって行われた気象予報に使われた手法はほとんどが天気図(等圧線分布)の解釈に依存しており、その解釈は人によって異なっていた。気象予報は主観的な職人技となっていった。

 20世紀に入ってからは、その主観的な気象予報技術をどうやって客観的な科学にするかということが焦点となった。途中の経緯は本に書いたので省くが、現在では気象予報を含む気象学はコンピュータを使った最先端の科学の一つである。また、本の10-7「気候科学の発展」で述べているように、新たに気候モデルができて、気象学を含む科学は気候変動などの大気や海洋などの地球環境の研究などに不可欠な科学となっている。

 ただ注意していただきたいのは、科学とは進歩とともに最新のものに置き換わっていくことがある。つまり現在の科学の理論は、今後より良い異なった理論に変わっていく可能性がある。これはニュートン力学が量子力学に置き換わったのと同じである。現在発表されている気候科学などによる結果も、今後の科学の発展に伴って変わる可能性はある。これは確立された科学に基づいた技術と異なり、発展期の科学が持つ宿命でもある。

(次は「学会と気象観測」) 

参照文献

[1]科学者とは何か(村上陽一郎著) [2]科学論入門(佐々木力著)





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