2021年5月21日金曜日

南方振動の発見者ギルバート・ウォーカー(9)

 7. 南方振動のその後

ウォーカーが南方振動を発見した当時、その気圧振動はなぜ起こるかがわからない不思議な現象として扱われ、それ以上の研究は進まなかった。一方で、ペルー沖では毎年クリスマスの頃になると北から(赤道付近から)暖流が流れてくることが知られており、この暖流によって漁が休みになることから、沿岸の漁民はこの暖流が起こる現象を「エルニーニョ (El Niño)」と呼んでいた。ところが数年に一度、これが大規模に起こることによって、不漁が長期にわたって起こることがあった。これは現在エルニーニョ現象と呼ばれることがある。20世紀半ばまで、これは南米太平洋岸だけの特殊な海洋現象と思われていた。

本の「11-5-3 エルニーニョと南方振動の発見」に書いたように、オランダの研究者ベルラーヘ・ジュニアは、ジャカルタで南方振動の研究を行っていた。1926年に東京で開催された第3回太平洋科学会議(Pacific Science Congress)をきっかけに、彼はエルニーニョの影響を強く受ける南米の気象観測データを手に入れることが出来た。
彼は1957年にそのデータを手元の南方振動のデータと見比べて、エルニーニョと南方振動が極めて高い相関を持っていることを発見した。これで海洋現象であるエルニーニョと大気現象である南方振動が同一の現象であり、それぞれがその異なった側面を見ていることが明らかになった。


1957~1958 年に、ちょうど大規模なエルニーニョが発生した。この時、国際地球観測年(IGY)によって、地球規模で広範囲な気象と海洋の観測が行われていた。この時の観測によって、エルニーニョが南米沿岸だけの現象ではなく、中部太平洋にまで及ぶ広範な現象であることがわかった。

 

エルニーニョの例(1997年11月の月平均海面水温平年偏差)(気象庁ウェブサイトより)
(https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html)

 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の教授だったヤコブ・ビヤクネスは、この時の太平洋域の観測データを解析した。1963~64 年と1965~66 年のエルニーニョ現象での結果も確認して、1969年にそのメカニズムを発表した。彼はエルニーニョと南方振動に密接に関連した赤道上空の東西風の流れを「ウォーカー循環」と名付けて、それが起こるメカニズムについてこう述べている。

「ウォーカー循環の下で気圧傾度が大きくなると、赤道東風の増加とそれによる海洋湧昇の増加により、赤道太平洋東西間の温度コントラストが大きくなる。この連鎖反応は、ウォーカー循環を強めて、ウォーカー循環の原因となる東西の温度コントラストもさらに大きくなる。ウォーカー循環の強まりとそれに対応する南方振動の関係は、おそらくそのように影響している。他方、ウォーカー循環が弱くなると、赤道での東風の弱まりは海洋湧昇を弱めるために、赤道の東部太平洋はいつもより暖かくなって、その上の大気に熱を提供する。この熱はウォーカー循環の中で東西温度コントラストを小さくして、その循環を弱めることになる。しかし、この変化がどうやって起こるのかはまだ明らかでない。」 [17]。

エルニーニョ現象に伴う太平洋熱帯域の大気と海洋の変動。海面上の東風がウォーカー循環の一部をなしている(気象庁ウェブサイトより)
https://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html

この海洋と大気が一体となって起きる世界規模の現象は、1983年にエルニーニョ・南方振動(ENSO)と命名された。本来は世界の異常気象の予兆を示す南方振動であったが、現在ではENSOはむしろ世界各地での異常気象の起こりやすさの指標のような使われ方をすることも多い。そしてウォーカーが指摘した「南方振動がその後の世界規模の多くの気象との有意な相関関係を持っている」という特徴は、ある地域の気象が遠くの気象と関連している「テレコネクション」と呼ばれる気候の新たな研究分野となっている。

さらに気象の大規模な振動現象について、南方振動をきっかけとして現在では北極振動太平洋十年規模振動大西洋数十年規模振動など、さまざまな新たな振動が見つかっている。南方振動はかつてはなぜかよく分からない現象として、長い間ごく一部の専門家以外が取り上げることはなかったが、今日ではウォーカーが述べたように世界的な規模を持った気象として、それにふさわしい関心と評価を受けているようである。


(このシリーズ終わり:次は「キスカ島撤収-「ケ」号作戦(1)」)

参考文献(このシリーズ共通)

[1] Taylor I.G., 1962: Gilbert Thomas Walker. 1868-1958. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society, The Royal Society, 8, 166-174.
[2] Walker M.J., 1997: Pen Portrait of Sir Gilbert Walker, CSI, MA, SCD, FRS. Weather, Royal Meteorological Society, 52, 217-220.
[3] Walker T.G., 1901: boomerangs. Nature, Nature Publishing Group, 64, 338-340.
[4] 田家康, 2011: 世界史を変えた異常気象, 日本経済新聞社.
[5] Normand C., 1953: Monsoon seasonal forecasting. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, Royal Meteorological Society, 79, 463-473.
[6] Pisharoty R.P., 1990: Sir Gilbert Walker-pioneer meteorologist and versatile scientist. CURRENT SCIENCE, Current Science Association, 59, 121-122.
[7] Walker T.G., 1923: Correlation in seasonal variations of weather. VIII. A preliminary study of world-weather. Memoirs of the Indian Meteorological Department, Indian Meteorological Department, 24, 75-131.
[8] Hildebrandsson H.H., 1897: Quelques recherches sur les entres d'action de l'atmosphere. Kongl. Svenska vetenskaps-akademiens handlingar, P.A. Norstedt & s?ner, 29, 33pp.
[9] Lockyer J. N. and Lockyer W. J. S., 1903: On the similarity of the short-period pressure variation over large areas. Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society, 71, p467-476.
[10] Katz W. R., 2002: Sir Gilbert Walker and a Connection between El Nino and Statistics, Institute of Mathematical Statistics, Statistical Science, 17, p97-112.
[11] Walker T. G., 1924: Correlation in seasonal variations of weather. IX. A further study of world weather. Indian Meteorological Department, Memoirs of the Indian Meteorological Department, 24, p275-332.
[12] Walker T. G., 1933: Seasonal Weather and its Prediction, Nature Publishing Group, Nature, November 25, p805-808.
[13] Walker T. G., 1918: Correlation in seasonal variations of weather, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 44, p223-224.
[14] Walker T. G., 1925: On periodicity, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 51, p337-346.
[15] Walker T. G., 1931: On periodicity in series of related terms, Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society of London, Ser. A 131, p518-532.
[16] venkataraman. g., 2019: Journey into Light life and science of C.V. Raman. Indian Academy of Sciences in co-operation with Indian National Science Academy.
[17] Bjerknes J., 1969: Atmospheric Teleconnections from the Equatorial Pacific, Monthly Weather Review, American Meteorological Society, 97, 163-172.


2021年5月15日土曜日

南方振動の発見者ギルバート・ウォーカー(8)

 5. その他の研究

5.1. 鳥の飛行研究

インド気象局の彼の任期の間に、ウォーカーは公務以外の多くのものに興味を持った。それらの1つに、鳥の滑空と羽ばたきがあった。彼はハゲワシとトビが200 mほどの高さまで羽ばたいた後、700 m以上の高さまで螺旋状に滑空しながら上昇する方法を発見した。これは、彼の舞い上がってはばたく様々な種類の飛行という研究のきっかけとなった [1]。その成果は1925年、1927年、1930年に発表された。それがきっかけで、彼はブリタニア百科事典の動物飛行の項目の執筆も行った [6]。

これらの研究の結果は、彼が自らグライダーで飛ぶことへの興味も誘った。1911年に彼はグライダーの滑空性能と気象条件との関係に関する短い説明をNature誌に発表した。後年、彼はグライダーの操縦に挑戦したが、彼にとって残念だったことは、熟達したパイロットになるには65才では遅すぎたということだった [1]。

5.2. スケート

ウォーカーの興味のもう一つはスケートだった。すでに述べたように、インドに行く前に彼はスイスへ毎年訪問してスケートを楽しんだ。彼がインドに行ったとき、インド北部の避暑地になっているシムラの冬の夜の強い放射冷却が、スケートリンクの作成を可能にすることを発見した。放射冷却による冷気を逃さないように、大気の流れを防ぐスクリーンを用いて、彼はそこにスケートリンクを作ることに成功した。実際には、あまりの冷たさにスケートの歯が立たないほどスケートリンクの氷が硬くなることがあり、その際には逆にスクリーンを取り外すほどだった [1]。

5.3. フルート

彼はフルートの優れた演奏者であっただけでなく、その楽器の理論的な研究を行って、その成果の学術的な出版も行った。フルートは、低い方から2オクターブまでの音は連続して穴を開ける規則的な指使い(運指)で演奏できるが、3オクターブ目は不規則な指使い(クロス・フィンガリング)が必要である。彼はその音域における新たな指使いを提案した。その指使いで発生する理論的な音節の位置は、実際の音節と概ね一致し、いくつかの新たな指使いが考案された。現在、一部のフルートはウォーカー提案に沿って作られている [1]。

5.4. 人材発掘

ウォーカーはインドにおいて、人材発掘にも大きな役割を果たした。彼はある日気象測器の点検にマドラスへ行った際に、港湾事務所の所長から風変わりな事務員が書いた数学の走り書きを見せられた。ウォーカーはその事務員が天才的な数学能力を持っていることを見抜き、マドラス大学へ入学できるように手配した。彼こそが後に天才的な数学者となるシュリニヴァーサ・ラマヌジャン(Srinivasa Aiyangar Ramanujan)だった [16]。ウォーカーは彼をケンブリッジ大学の数学者ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディの所へ留学できるようにも尽力した [6]。また、ノーベル物理学賞受賞者であるチャンドラセカール・ラマン(Sir Chandrasekhara Venkata Raman)や後に国際測地学及び地球物理学連合(IUGG)の会長を務めたK. R. ラマナサン(K. R. Ramanathan)の発掘や育成にも関わった [6]。

チャンドラセカール・ラマン

https://en.wikipedia.org/wiki/C._V._Raman#/media/File:Sir_CV_Raman.JPG

 6.イギリスへ戻った後

1904年に王立協会の会員になっていたウォーカーは、1924年にインドから引き上げて後、ナイトの称号を受けた。彼は著名な気象学者ネイピア・ショー卿の跡を継いでロンドンのインペリアル・カレッジの数学科教授となり、1934年まで教授を務めた。彼はその新しいポストで統計作業を続けたが、他の物理的な問題に関心を向けることも行った。雲形とそれを引き起こす物理的な状態は彼に常に興味を起こさせた。彼と彼の弟子たちは、実験室で不安定流体を下から熱して対流速度の違いによる効果を確かめる実験を行い、様々な雲の形成過程を研究した [6]。1926年と1927年には、王立気象学会の理事長を務め、1934年には王立気象学会のサイモン金メダルを受賞した [2]。1933年には英国学術協会の部門長を務めた。第二次世界大戦の間、彼は空軍省の気象委員会の下で長期予報や高層気象観測結果の相関、ヨーロッパの気象と北極の海氷との関係を研究した [6]。彼は1958年11月4日に90才で亡くなった。

 (つづく

参考文献(このシリーズ共通)

[1] Taylor I.G., 1962: Gilbert Thomas Walker. 1868-1958. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society, The Royal Society, 8, 166-174.
[2] Walker M.J., 1997: Pen Portrait of Sir Gilbert Walker, CSI, MA, SCD, FRS. Weather, Royal Meteorological Society, 52, 217-220.
[3] Walker T.G., 1901: boomerangs. Nature, Nature Publishing Group, 64, 338-340.
[4] 田家康, 2011: 世界史を変えた異常気象, 日本経済新聞社.
[5] Normand C., 1953: Monsoon seasonal forecasting. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, Royal Meteorological Society, 79, 463-473.
[6] Pisharoty R.P., 1990: Sir Gilbert Walker-pioneer meteorologist and versatile scientist. CURRENT SCIENCE, Current Science Association, 59, 121-122.
[7] Walker T.G., 1923: Correlation in seasonal variations of weather. VIII. A preliminary study of world-weather. Memoirs of the Indian Meteorological Department, Indian Meteorological Department, 24, 75-131.
[8] Hildebrandsson H.H., 1897: Quelques recherches sur les entres d'action de l'atmosphere. Kongl. Svenska vetenskaps-akademiens handlingar, P.A. Norstedt & s?ner, 29, 33pp.
[9] Lockyer J. N. and Lockyer W. J. S., 1903: On the similarity of the short-period pressure variation over large areas. Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society, 71, p467-476.
[10] Katz W. R., 2002: Sir Gilbert Walker and a Connection between El Nino and Statistics, Institute of Mathematical Statistics, Statistical Science, 17, p97-112.
[11] Walker T. G., 1924: Correlation in seasonal variations of weather. IX. A further study of world weather. Indian Meteorological Department, Memoirs of the Indian Meteorological Department, 24, p275-332.
[12] Walker T. G., 1933: Seasonal Weather and its Prediction, Nature Publishing Group, Nature, November 25, p805-808.
[13] Walker T. G., 1918: Correlation in seasonal variations of weather, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 44, p223-224.
[14] Walker T. G., 1925: On periodicity, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 51, p337-346.
[15] Walker T. G., 1931: On periodicity in series of related terms, Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society of London, Ser. A 131, p518-532.
[16] venkataraman. g., 2019: Journey into Light life and science of C.V. Raman. Indian Academy of Sciences in co-operation with Indian National Science Academy.

2021年5月8日土曜日

南方振動の発見者ギルバート・ウォーカー(7)

 4.6 ユール・ウォーカー式

19世紀に各国で始まった気象観測であったが、観測手法や値の単位が異なっていたため、データを交換してもそう簡単には他国では使えなかった。19世紀末頃から気象観測結果の国際的なデータ交換が議論され始め、それは少しずつデータの記録方法の統一へとつながっていった。

そういった背景を受けて、20世紀に入ると世界各地の気象観測の結果を使った相関関係の調査が気象学の研究として行われるようになった。一方でその気象の変動要因として太陽黒点の変動も浮かび上がった。この時間的にある幅でランダムに変動する、つまり揺らぎを持つ準周期的な自然現象が、時系列データを扱う統計学に進歩をもたらした。当時、決定論的な調和解析を用いて太陽黒点の変動が11年周期を持つのではないかということが議論されていた。ところが、イギリスの統計学者ウドニー・ユール(Udny Yule)は、1927年に太陽黒点の変動周期について決定論的にではなく、その強さや周期が揺らぎを持つという前提で新たに2次の自己回帰モデル(AR(2))という手法を考案した。そして、それを用いて太陽黒点の変動周期がおよそ11年であることを示した。これは厳密な調和解析による手法より太陽黒点の周期変動の多くを説明できた [10]。

ウォーカーはユールによる自己回帰モデルの研究の前から、気象の準周期的な現象の問題に取り組んでいた。ユールによる自己回帰モデルの考案の前の1925年に、ウォーカーは南方振動の周期に3~3.25年の幅があることを示して、そういう幅がある周期現象には自己相関を用いた分析が有効であることに気づいていた [14]。しかし、ウォーカーが調査していたダーウィンの気圧変動は、ユールの自己回帰モデルAR(2)より複雑だった。そのため、彼はユールの手法を任意の次数ρの自己回帰モデルAR(ρ)に拡大した。彼は1931年に以下のユール・ウォーカー式を導出した [15]。

定常的なρ次の自己回帰モデルであるAR(ρ) モデルでは、ρ個の時系列現象Xtは、次式で表わされる。


ここで、Φkはk次自己相関パラメータ(t-k時の寄与分)で、atは時刻tに新たに加わった誤差である。ちなみにAR(1)でΦ1を1とおくと、XtはXt-1 から誤差atの幅で動くランダムウォークになる。詳細を省くがこの式において、ρ次のユール・ウォーカー式は次式となる。

ここで、ρk はk次の自己相関係数である。この式によってk次の自己相関係数はそれより低い次数の自己相関係数の漸化式となっており、自己共分散の式と合わせて自己相関係数の決定を容易にする。また彼は、一般的に自己相関関数が減衰する指数関数と減衰するサイン波の和であることも示している。

ユール・ウォーカー式は「1.はじめに」で述べたように、時系列解析などの自己相関係数を扱う数値処理には良く出てくる式である。なお、この式はウォーカーがユールの成果を拡張したものであり、共同で導いたわけではない。ユールは先ほどの1927年のAR(2)の発表を最後として引退した後に病気になっている[10]。

この便利なユール・ウォーカー式は、直ちに世の中に根付いたわけではなかった。アメリカの地球物理学者で統計学者のカッツは、自分が見つけたものの中で最も早い利用は1949年だったと述べている [10]。しかし、この式は近代的な時系列解析における画期的な発見であり、現在では自己相関を扱う数多くの分野で広く使われている。しかし、細分化されて専門分野化された現在の科学において、前述のカッツは気象学での南方振動と統計学のユール・ウォーカー式が、どちらも同一人物による同一の研究から生まれたものであることを、どれだけの人々が認識しているだろうかと疑問を投げかけている。

つづく

参考文献(このシリーズ共通)

[1] Taylor I.G., 1962: Gilbert Thomas Walker. 1868-1958. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society, The Royal Society, 8, 166-174.
[2] Walker M.J., 1997: Pen Portrait of Sir Gilbert Walker, CSI, MA, SCD, FRS. Weather, Royal Meteorological Society, 52, 217-220.
[3] Walker T.G., 1901: boomerangs. Nature, Nature Publishing Group, 64, 338-340.
[4] 田家康, 2011: 世界史を変えた異常気象, 日本経済新聞社.
[5] Normand C., 1953: Monsoon seasonal forecasting. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, Royal Meteorological Society, 79, 463-473.
[6] Pisharoty R.P., 1990: Sir Gilbert Walker-pioneer meteorologist and versatile scientist. CURRENT SCIENCE, Current Science Association, 59, 121-122.
[7] Walker T.G., 1923: Correlation in seasonal variations of weather. VIII. A preliminary study of world-weather. Memoirs of the Indian Meteorological Department, Indian Meteorological Department, 24, 75-131.
[8] Hildebrandsson H.H., 1897: Quelques recherches sur les entres d'action de l'atmosphere. Kongl. Svenska vetenskaps-akademiens handlingar, P.A. Norstedt & s?ner, 29, 33pp.
[9] Lockyer J. N. and Lockyer W. J. S., 1903: On the similarity of the short-period pressure variation over large areas. Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society, 71, p467-476.
[10] Katz W. R., 2002: Sir Gilbert Walker and a Connection between El Nino and Statistics, Institute of Mathematical Statistics, Statistical Science, 17, p97-112.
[11] Walker T. G., 1924: Correlation in seasonal variations of weather. IX. A further study of world weather. Indian Meteorological Department, Memoirs of the Indian Meteorological Department, 24, p275-332.
[12] Walker T. G., 1933: Seasonal Weather and its Prediction, Nature Publishing Group, Nature, November 25, p805-808.
[13] Walker T. G., 1918: Correlation in seasonal variations of weather, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 44, p223-224.
[14] Walker T. G., 1925: On periodicity, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 51, p337-346.
[15] Walker T. G., 1931: On periodicity in series of related terms, Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society of London, Ser. A 131, p518-532.



2021年5月3日月曜日

南方振動の発見者ギルバート・ウォーカー(6)

4.5. 南方振動の発見

ウォーカーは世界の異なる場所での気圧間の相関関係の表を作成した。彼の調査によって、それまで知られていた北大西洋でのアゾレス諸島とアイスランド間の気圧の振動と北太平洋での同様の振動は、両方とも予想通りに相関関係として極めて明確に現れた [5]。そしてロッキャーが発見していたインド洋付近とアルゼンチン間の気圧の変動は、それよりはるかに大きな世界規模の気圧変動として起こっていることがわかった [7]。ウォーカーは、最初の北大西洋の現象を北大西洋振動(North Atlantic Oscillation)、2番目の北太平洋の現象を北太平洋振動(North Pacific Oscillation)と名付けた。そして最後の世界規模の現象を南方振動(Southern Oscillation)と名付けた [11]。最初の2つはその地域だけに影響する現象であったが、南方振動の特徴は、気圧振動の規模が大きく広がっているだけでなく、インド、ジャワ、オーストラリアの気温や降雨などの気象にもその影響が現れていた。


ウォーカーが発見した南方振動。南方振動発現時の夏季(12月~2月)の通常の冬季(6月~8月)との気圧差。 [12]の図に着色。

当時、このようないつ出現するのか不安定な現象に「振動」という言葉を充てるのに抵抗を感じた気象学者・物理学者が多かったのではないかと思われる。物理学者にとって振動とは、正弦波のようなような厳密な周期を持つ現象をイメージすることが多い。ところが、南方振動は次に発現するまでの時間や継続期間に幅があるし、その強度は毎回異なる。こんなものは振動と呼べないということである。しかし私は、ウォーカーが数学者だからこそ敢えてこのような現象を振動として、より普遍的に取り扱おうとしたのではないかと思っている。そして彼が行ったことは、後述するようにこの不安定な振動周期の変動幅を定量的・確率的に解析する手法の研究だった。

モンスーンの予報のために行った解析だったが、ウォーカーはこの南方振動をインドでの夏季の少雨の予報のための手段として有効に使うことはできなかった。インドにとっては残念なことに、モンスーンの最盛期である6月~8月に起こる南方振動自体の発生を、他の気象要素との相関関係から予測することは難しかった。むしろ南方振動はその後の世界規模の多くの気象との有意な相関関係を持っており、それより早期の気象とはほとんど相関を持っていなかった。気候学者のノーマンドはこう述べている「私にとってウォーカーの結果で最も注目に値するものは、南方振動がその後の現象に作用しているという事実だった。全体として6月~8月の夏の南方振動のインデックスは、前年の冬とは-0.2の相関係数だったのに対して、次の冬のインデックスに対して+0.8の相関係数を持っていた。」 [5]。
南方振動の特徴は、世界の気象変動の結果としてではなく原因として現れており、予報される現象というよりはむしろインド以外の地域の現象の予報する手段として有効であることを示していた [11]。

この大きな発見にもかかわらず、当時の気象学コミュニティでの一般的な反応は極めて懐疑的なものであった。それはこの振動が起きる原因がよくわからなかったためだった。物理学的な観点から見ると、季節予報のための唯一の科学的な手法は、地球規模循環の完全で合理的な因果理論の理解と考えられていた。イギリスの気象学者ダインスは、あくまで気象の物理学的な因果関係を推測する上では、相関関係の調査は有効だろうと述べた。これに対してウォーカーの考えは、日々の生活を支える季節予報については、因果関係を解明した上でそれを完全な確信を持って発表できるようになるまでは待ってはおれないというものだった [13]。

もちろんウォーカーは統計的な手法の限界に十分気づいていた。彼は物理学的な因果関係の重要性を否定していたわけではなく、因果関係はこれから徐々に発見されていくだろうと考えていた。そして、気象要素間の統計学的に有意な関係を多く発見すれば季節予報などの問題に対して多くの知見がわかるので、それは因果理論の根拠となる発見につながると主張した [5]。ただ問題は、それを用いた季節予報の実現には長い時間がかかるだろうということだった。

つづく

参考文献(このシリーズ共通) 

[1] Taylor I.G., 1962: Gilbert Thomas Walker. 1868-1958. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society, The Royal Society, 8, 166-174.
[2] Walker M.J., 1997: Pen Portrait of Sir Gilbert Walker, CSI, MA, SCD, FRS. Weather, Royal Meteorological Society, 52, 217-220.
[3] Walker T.G., 1901: boomerangs. Nature, Nature Publishing Group, 64, 338-340.
[4] 田家康, 2011: 世界史を変えた異常気象, 日本経済新聞社.
[5] Normand C., 1953: Monsoon seasonal forecasting. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, Royal Meteorological Society, 79, 463-473.
[6] Pisharoty R.P., 1990: Sir Gilbert Walker-pioneer meteorologist and versatile scientist. CURRENT SCIENCE, Current Science Association, 59, 121-122.
[7] Walker T.G., 1923: Correlation in seasonal variations of weather. VIII. A preliminary study of world-weather. Memoirs of the Indian Meteorological Department, Indian Meteorological Department, 24, 75-131.
[8] Hildebrandsson H.H., 1897: Quelques recherches sur les entres d'action de l'atmosphere. Kongl. Svenska vetenskaps-akademiens handlingar, P.A. Norstedt & s?ner, 29, 33pp.
[9] Lockyer J. N. and Lockyer W. J. S., 1903: On the similarity of the short-period pressure variation over large areas. Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society, 71, p467-476.
[10] Katz W. R., 2002: Sir Gilbert Walker and a Connection between El Nino and Statistics, Institute of Mathematical Statistics, Statistical Science, 17, p97-112.
[11] Walker T. G., 1924: Correlation in seasonal variations of weather. IX. A further study of world weather. Indian Meteorological Department, Memoirs of the Indian Meteorological Department, 24, p275-332.
[12] Walker T. G., 1933: Seasonal Weather and its Prediction, Nature Publishing Group, Nature, November 25, p805-808.
[13] Walker T. G., 1918: Correlation in seasonal variations of weather, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 44, p223-224.