2021年5月3日月曜日

南方振動の発見者ギルバート・ウォーカー(6)

4.5. 南方振動の発見

ウォーカーは世界の異なる場所での気圧間の相関関係の表を作成した。彼の調査によって、それまで知られていた北大西洋でのアゾレス諸島とアイスランド間の気圧の振動と北太平洋での同様の振動は、両方とも予想通りに相関関係として極めて明確に現れた [5]。そしてロッキャーが発見していたインド洋付近とアルゼンチン間の気圧の変動は、それよりはるかに大きな世界規模の気圧変動として起こっていることがわかった [7]。ウォーカーは、最初の北大西洋の現象を北大西洋振動(North Atlantic Oscillation)、2番目の北太平洋の現象を北太平洋振動(North Pacific Oscillation)と名付けた。そして最後の世界規模の現象を南方振動(Southern Oscillation)と名付けた [11]。最初の2つはその地域だけに影響する現象であったが、南方振動の特徴は、気圧振動の規模が大きく広がっているだけでなく、インド、ジャワ、オーストラリアの気温や降雨などの気象にもその影響が現れていた。


ウォーカーが発見した南方振動。南方振動発現時の夏季(12月~2月)の通常の冬季(6月~8月)との気圧差。 [12]の図に着色。

当時、このようないつ出現するのか不安定な現象に「振動」という言葉を充てるのに抵抗を感じた気象学者・物理学者が多かったのではないかと思われる。物理学者にとって振動とは、正弦波のようなような厳密な周期を持つ現象をイメージすることが多い。ところが、南方振動は次に発現するまでの時間や継続期間に幅があるし、その強度は毎回異なる。こんなものは振動と呼べないということである。しかし私は、ウォーカーが数学者だからこそ敢えてこのような現象を振動として、より普遍的に取り扱おうとしたのではないかと思っている。そして彼が行ったことは、後述するようにこの不安定な振動周期の変動幅を定量的・確率的に解析する手法の研究だった。

モンスーンの予報のために行った解析だったが、ウォーカーはこの南方振動をインドでの夏季の少雨の予報のための手段として有効に使うことはできなかった。インドにとっては残念なことに、モンスーンの最盛期である6月~8月に起こる南方振動自体の発生を、他の気象要素との相関関係から予測することは難しかった。むしろ南方振動はその後の世界規模の多くの気象との有意な相関関係を持っており、それより早期の気象とはほとんど相関を持っていなかった。気候学者のノーマンドはこう述べている「私にとってウォーカーの結果で最も注目に値するものは、南方振動がその後の現象に作用しているという事実だった。全体として6月~8月の夏の南方振動のインデックスは、前年の冬とは-0.2の相関係数だったのに対して、次の冬のインデックスに対して+0.8の相関係数を持っていた。」 [5]。
南方振動の特徴は、世界の気象変動の結果としてではなく原因として現れており、予報される現象というよりはむしろインド以外の地域の現象の予報する手段として有効であることを示していた [11]。

この大きな発見にもかかわらず、当時の気象学コミュニティでの一般的な反応は極めて懐疑的なものであった。それはこの振動が起きる原因がよくわからなかったためだった。物理学的な観点から見ると、季節予報のための唯一の科学的な手法は、地球規模循環の完全で合理的な因果理論の理解と考えられていた。イギリスの気象学者ダインスは、あくまで気象の物理学的な因果関係を推測する上では、相関関係の調査は有効だろうと述べた。これに対してウォーカーの考えは、日々の生活を支える季節予報については、因果関係を解明した上でそれを完全な確信を持って発表できるようになるまでは待ってはおれないというものだった [13]。

もちろんウォーカーは統計的な手法の限界に十分気づいていた。彼は物理学的な因果関係の重要性を否定していたわけではなく、因果関係はこれから徐々に発見されていくだろうと考えていた。そして、気象要素間の統計学的に有意な関係を多く発見すれば季節予報などの問題に対して多くの知見がわかるので、それは因果理論の根拠となる発見につながると主張した [5]。ただ問題は、それを用いた季節予報の実現には長い時間がかかるだろうということだった。

つづく

参考文献(このシリーズ共通) 

[1] Taylor I.G., 1962: Gilbert Thomas Walker. 1868-1958. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society, The Royal Society, 8, 166-174.
[2] Walker M.J., 1997: Pen Portrait of Sir Gilbert Walker, CSI, MA, SCD, FRS. Weather, Royal Meteorological Society, 52, 217-220.
[3] Walker T.G., 1901: boomerangs. Nature, Nature Publishing Group, 64, 338-340.
[4] 田家康, 2011: 世界史を変えた異常気象, 日本経済新聞社.
[5] Normand C., 1953: Monsoon seasonal forecasting. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, Royal Meteorological Society, 79, 463-473.
[6] Pisharoty R.P., 1990: Sir Gilbert Walker-pioneer meteorologist and versatile scientist. CURRENT SCIENCE, Current Science Association, 59, 121-122.
[7] Walker T.G., 1923: Correlation in seasonal variations of weather. VIII. A preliminary study of world-weather. Memoirs of the Indian Meteorological Department, Indian Meteorological Department, 24, 75-131.
[8] Hildebrandsson H.H., 1897: Quelques recherches sur les entres d'action de l'atmosphere. Kongl. Svenska vetenskaps-akademiens handlingar, P.A. Norstedt & s?ner, 29, 33pp.
[9] Lockyer J. N. and Lockyer W. J. S., 1903: On the similarity of the short-period pressure variation over large areas. Royal Society of London, Proceedings of The Royal Society, 71, p467-476.
[10] Katz W. R., 2002: Sir Gilbert Walker and a Connection between El Nino and Statistics, Institute of Mathematical Statistics, Statistical Science, 17, p97-112.
[11] Walker T. G., 1924: Correlation in seasonal variations of weather. IX. A further study of world weather. Indian Meteorological Department, Memoirs of the Indian Meteorological Department, 24, p275-332.
[12] Walker T. G., 1933: Seasonal Weather and its Prediction, Nature Publishing Group, Nature, November 25, p805-808.
[13] Walker T. G., 1918: Correlation in seasonal variations of weather, Royal Meteorological Society, Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 44, p223-224.



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