(このブログは 「気象学と気象予報の発達史 」の一部です。)
1. 紹介理由
スベール・ペターセン(1898~1974)はノルウェー出身で、ヴィルヘルム・ビヤクネスが創設したベルゲン学派の気象学者である。そのため同じベルゲン学派の気象学者ロスビーとは特に仲が良かった。彼は気象予報の有名な教科書を書いており(これはノウハウ本ではなく、物理学理論を用いた解析手法の解説である)、これは一時期世界の主要国で使われた。日本もその例外ではなく、この本の日本語版「天気解析と天気予報」(気象協会)は戦後に大勢の予報官に使われた。そのため一昔前(数値予報がメインになる前)までは、日本でも彼の名前を知らない予報官はほとんどいなかったのではないかと思っている。
しかし、彼は単なる予報の気象学者ではない。彼はマサチューセッツ工科大学(MIT)とシカゴ大学で教鞭を執ったが、研究者としての姿勢を超えて、戦争中の気象予報の実践、予報マニュアルの執筆・普及、そして戦後の世界規模の気象観測システムの確立と幅広く活動した。それを支えたのが、ここに出てくることになる大勢の弟子と多分野にわたる知己である。
また気象以外の身近な分野でいえば、北極圏に近い環境で育った彼は、大戦中に雪上車の開発にも大きく関与している。これはある作戦に投入される予定だったが、その作戦は中止された。しかし、このために開発された雪上車は現在の雪上車の原型となっており、これから発展したものは戦後に南極探検やスキー場など、現在世界中で活躍している。
そして、彼のことを書く時に外せないのは、連合国軍のノルマンディー上陸作戦での予報である。海と陸と空が接する海岸での敵前上陸作戦は、気象に大きな影響を受ける。10万人以上の兵士と数千隻の艦船、千機を超える航空機が関与するこの作戦日の気象予報は、重大な責任を伴っていた。しかも作戦予定日前後に嵐が襲来し、作戦を決行するかどうかの気象判断は微妙だった。
しかし1日延期した上で、上陸作戦はギリギリに近い気象条件で決行された。上陸作戦は成功しただけでなく、結果として荒天の中を上陸してくるはずがないと思っていたドイツ軍の裏をかくことにもなった。この判断は彼一人で行ったものではないが、後に述べるように彼はこの判断に大きな影響を与えたと考えている。
彼は軍服を着た写真が有名であり、そのため彼を軍人と思っている人も多いかもしれない。彼は若い頃に、下士官を養成する学校に一時期いたことがあるが、気象学のベルゲン学派に入るとともに軍籍を離脱し、それ以降は民間人である。彼の軍服姿の写真は、彼が戦争中に米国で連合国軍の仕事に携わる際に、周囲と円滑に仕事を進めるために便宜的に撮られたものである[1]。しかし、ノルウェー人として米国の大学(MIT)へ教員として赴き、そこから連合国軍のために英国空軍下の組織である英国気象局へ貸し出されるという彼の立場は微妙ではあった(その活動はドイツ占領下で家族が残された母国ノルウェーのためでもあった)。
ノルウェー王立陸軍航空隊の中佐としての制服姿のペターセンの写真
https://en.wikipedia.org/wiki/Sverre_Petterssen#/media/File:Sverre_Petterssen.png
戦前、彼は国際気象機関(IMO)の海上気象委員長を務めた。戦後は世界気象監視(ワールド・ウェザー・ウォッチ)や地球大気開発計画(GARP)などの世界規模の大気科学の国際プロジェクトにも関与した。これらのプロジェクトは今日の数値予報や気候再解析などの気候科学の基盤となっている。彼の業績は決して過去のものではない。
ノルウェー北部のノルドランドという厳しい自然の中で生まれ育ったためか、彼は常につましく謙虚である。彼は連合国軍によるドイツ爆撃のための気象予報をイギリスで担当した。それは、爆撃隊の遭難や不時着、目標への到達不能、敵の迎撃などによって一つ間違えば大きな犠牲を伴うかもしれない責任を負っていた。その上に派閥闘争や権力などによる理不尽さなどを受けたこともあった。それらに対して、彼の判断や対応は常に冷静で理知的である。
戦後にノルマンディ上陸作戦の予報の功績に関して議論が起こった。彼はその中心にいてもおかしくなかったが、「無名の方針」を貫き、その論争には加わらなかった。さらに彼は後にニクソン政権の腐敗した政治に抗議して、米国籍を返上するなど強い気骨を内に秘めた人間でもあった。彼の自伝[1]は、気象学にどう関与してきたかというだけでなく、戦争などのさまざまな世界的な出来事に関わった際に、自身がどのように考えて決断してきたのかを示す本となっている。
このように彼が自らの人生を冷静に切り開いて来たことが、最後は学術だけではない数多くの賞を受賞することにつながったのではないかと考えている。アカデミックだけでない彼の人柄や業績はもっと知られて良いと思っている。そのため、このブログで何回かに分けて彼を紹介することにしたい。
受賞歴
1944年 ドワイト・アイゼンハワー将軍より表彰状
英国航空評議会より表彰状
1948年 大英帝国第3級勲功賞(コマンダー)
聖オラフ第3級勲功賞(コマンダー)
ノルウェー解放十字勲章
オランダ科学アカデミーのボイス・バロット・ゴールド・メダル
1953年 米国陸軍航空隊特別功労賞
1958年 ニューヨーク貿易委員会より金賞
ヘルシンキ大学のシルバー・メダル
1962年 アメリカ気象学会のチャールズ・フランクリン・ブルックス賞
1965年 世界気象機関のゴールド・メダル
アメリカ気象学会のクリーブランド・アッベ賞
1969年 王立気象学会のシモンズ記念ゴールド・メダル
参照資料
[1] Sverre Petterssen, 2001: Weathering the Storm: the D-Day Forecast, and the Rise of Modern Meteorology (Edited by James Rodger Fleming), American Meteorological Society.