大気力学ではソレノイドという概念が出てくる。これは傾圧大気中の大気の運動の方向と速さを等圧面と等密度面の交差角度を使って規定する便利な物である。そのため大気の断面図があれば、ベクトル解析のような手法で視覚的に大気の運動を把握・理解することもできる。
大気力学を学んだ当初、このソレノイドという言葉は通常は電磁気学で使われる言葉であったため、戸惑った覚えがある。どうして大気力学にソレノイドという言葉が使われるのかは、少なくとも当時の教科書では見ても全くわからなかった。しかし、本の9-1-3「ビヤクネスの気象学への転向」に書いたとおり、ソレノイドはもともと電磁気学者であった気象学者ヴィルヘルム・ビヤクネス(Vilhelm Bjerknes)が、等圧面と等密度面との交差よって囲まれた管の電磁気学との類似性から考案した概念である。
本の9-1-4「天気予測の科学化という目標」で書いたように、気象予測を行う際に物理方程式を解析的に解くことは不可能なので、天気図上での幾何的な解析から物理学的な天気予報を行えないかと考えた。その際に自身が考案した循環定理とソレノイドを用いた視覚的な考え方が基本となったと考えられる。
ヴィルヘルム・ビヤクネスは1913年にライプチッヒ大学地球物理学研究所の所長になると、実際に幾何学的な解析、つまり視覚による数理解析を用いた天気予報を試み始める。かつて私が気象学の歴史に関して読んだ本では、彼は気象予報のために「視覚的な解析」を行ったという言葉に引っかかっていた。
この本ではその視覚的解析とは何かをある程度掘り下げて書いたつもりである。しかし、本には分量の関係で入れなかったが、この件に関してはヴィルヘルム・ビヤクネスが1904年に直接的にこの考えを語った部分が基本となっているので、参考のためにその部分を訳して引用しておく。
"7つの方程式のうち、状態方程式だけは有限形を持っている。他の6つは偏微分方程式である。7つの未知数のうち、1つは状態方程式を用いて取り除くことができる。そのため、気象予測は6つの未知数と大気の初期状態の観測によって与えられる初期条件を持つ6つの偏微分方程式の積分からなる問題となる。
方程式群の正確な解析的積分は論外である。ニュートンの法則と同じ単純な法則に従う3体問題の運動計算でさえ今日の数学的解析の限界を超えている。当然、大気のすべての点の運動を理解できる見込みはない。それらは互いの挙動を極めて複雑にする。さらに、たとえそれを書き下すことができたとしても、正確な解析的な解は必要とする結果を与えない。実用的で有用であるためには、その解は容易に理解できる総観的な形でなければならず、あらゆる正確な解に現れる膨大な細部をとり除かなければならない。したがって、その予測は手ごろな距離と時間間隔で平均処理される必要がある。例えば、それは子午線の間隔や1時間程度ではあっても、決してミリメートルや秒単位にはならない。
したがって、我々は積分のいかなる解析的解法をも断念して、その代わりに次の実用的な形での気象予測の問題を提起する。つまり行われた観測に基づいて、大気の初期状態は7つの変数について大気各層での分布を与える多くの天気図によって示される。これらの図をその出発点として、新しい状態を示す同様の新しい天気図が刻々と描画されるようにする。
この形での予測問題の解のためには、図か図と数値手法の混合が適している。その手法は偏微分方程式から、またはこれらの方程式を根拠とする物理学的な力学原理から導き出されなければならない。前もって、これらの手法が有効であることを疑う理由はない。すべては克服しがたい困難な問題全体を、適切な方法であまり困難でない多くの部分化された問題にうまく細分化できるかどうかにかかっている。"[1]
(つぎは「前線のその後」)
参照文献
[1] Bjerknes, Vilhelm. The Problem of Weather Forecasting as a Problem in Mechanics and Physics. (編) ShapiroA.Melvyn , Sigbjom Gronas. (訳) MintzY. The Life Cycles of Extratropical Cyclones. Boston : American Meteorological Society, 1999, 1-4.
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