その一つの典型的な例が成層圏のオゾン破壊問題である。フロンは1920年代に冷蔵庫などの冷媒や噴霧剤として人工的に開発された。フロンは極めて安定で生物に対して毒性はなく、利用が容易なため当時は「夢の化学物質」としてもてはやされた。
ところが1982年(南半球の)春に日本の南極観測隊は、地上からのドブソン分光計による観測によって、昭和基地上空でオゾン全量(地上から大気上端までの気柱総量)が極端に減っていることを発見した。このことは1984年に国際学会で発表されたが、イギリスなどの一部の研究者を除いてあまり関心を呼ばなかった。
TOMS衛星による2000年9月のオゾンホール |
日本やイギリスの観測結果を知ったNASAは過去のTOMS衛星観測データの再吟味を行い、その結果、南極上空のオゾン全量は南極の春に南極大陸を中心として面的に大きな穴をあけたように減少していることを発表した。アメリカのジャーナリズムはこれを「オゾンホール」と名付けた。[3]
日本の南極観測隊によるドブソン分光計によるオゾン全量観測はこのオゾンホール発見の端緒となった。しかし、日本の南極観測隊はこの問題にもう一つ大きな貢献をしていた。それは本の11-5-2「IGYと南極観測」で述べたように、IGY(国際地球観測年)を契機に始められたオゾンゾンデによるオゾン鉛直分布観測である。日本がオゾン減少に気付いた1982年当時、米国やイギリスも南極でオゾン観測を行っていたが、それは地上からの全量観測のみであり、オゾンゾンデによる鉛直分布観測は中断されていた。ところが日本の昭和基地だけがオゾンゾンデ観測を続けていた。これによるオゾン鉛直分布観測データによってオゾンが破壊されている高度がわかり、オゾン破壊のメカニズムの解明に大きな貢献を行った。アメリカはこれらのデータをもとに、南極成層圏上空で航空機観測を行い、オゾン破壊の反応メカニズムを特定した。これにより、オゾン破壊にフロンが関与していることが決定的になった。
この結果を受けた世界各国の対応は速かった。1985年3月にはオゾン層の保護を宣言した「ウィーン条約」が締結され、実際の規制行う「モントリオール議定書」は1987年9月に締結された。さらにモントリオール議定書は年を追う毎に規制を強化していった。この迅速な規制によりオゾン層の破壊は1990年代後半には止まったと言われている。1年の対策の遅れは、回復のための数年~十数年の損失(長期化)を招いた恐れがあっただけでなく、さらなるオゾン層の減少は、紫外線の劇的な増加を招いたかも知れない。そうなったら皮膚癌の増加など人間への影響だけでなく、他の動物や植物(農業)にも影響を与えたかも知れない。
よく言われるように、人間にとって目の前に見えているもの、今わかっているとされていることが全てではない。自然の奥には広大な未知の分野がまだ残っている。地球の将来の潜在的可能性を含めて、成層圏のオゾン層問題は人間による自然界の監視や調査に対する考え方や重要性に対する貴重な教訓を含んでいると思われる。
南極基地でのオゾンゾンデ (気象庁提供:https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/ ozonehp/3-15ozone_observe.html) |
この結果を受けた世界各国の対応は速かった。1985年3月にはオゾン層の保護を宣言した「ウィーン条約」が締結され、実際の規制行う「モントリオール議定書」は1987年9月に締結された。さらにモントリオール議定書は年を追う毎に規制を強化していった。この迅速な規制によりオゾン層の破壊は1990年代後半には止まったと言われている。1年の対策の遅れは、回復のための数年~十数年の損失(長期化)を招いた恐れがあっただけでなく、さらなるオゾン層の減少は、紫外線の劇的な増加を招いたかも知れない。そうなったら皮膚癌の増加など人間への影響だけでなく、他の動物や植物(農業)にも影響を与えたかも知れない。
よく言われるように、人間にとって目の前に見えているもの、今わかっているとされていることが全てではない。自然の奥には広大な未知の分野がまだ残っている。地球の将来の潜在的可能性を含めて、成層圏のオゾン層問題は人間による自然界の監視や調査に対する考え方や重要性に対する貴重な教訓を含んでいると思われる。
(つぎは「科学と技術」)
参照文献
[1]「嵐の正体にせまった科学者たち ―気象予報が現代のかたちになるまで」(Cox著、堤 之智訳)
[2] 「A Vast Machine」(Paul N. Edwards著、MIT Press,2013)
[3]「オゾン消失」(川平浩二、牧野行雄 著)
[2] 「A Vast Machine」(Paul N. Edwards著、MIT Press,2013)
[3]「オゾン消失」(川平浩二、牧野行雄 著)
0 件のコメント:
コメントを投稿