2018年12月11日火曜日

地球環境の長期監視の重要性

 この本の11-6-2「世界気象監視プログラムと地球大気開発計画」で大気組成の監視にも触れた。これに少し補足する。今日の進んだ科学においても、自然界のことは十分わかっているわけではない。不用意に改変を加えると、自然がどう応答するのかわからない部分がある。近代的な気象学を構築した一人である有名な気象学者グスタフ・ロスビーは、1950年代に自然についてこう述べている。「むやみにいじると危険なのです。自然は復讐するかもしれません。」[1]

 その一つの典型的な例が成層圏のオゾン破壊問題である。フロンは1920年代に冷蔵庫などの冷媒や噴霧剤として人工的に開発された。フロンは極めて安定で生物に対して毒性はなく、利用が容易なため当時は「夢の化学物質」としてもてはやされた。

 ところが1982年(南半球の)春に日本の南極観測隊は、地上からのドブソン分光計による観測によって、昭和基地上空でオゾン全量(地上から大気上端までの気柱総量)が極端に減っていることを発見した。このことは1984年に国際学会で発表されたが、イギリスなどの一部の研究者を除いてあまり関心を呼ばなかった。


TOMS衛星による2000年9月のオゾンホール
 しかし、その後イギリスの研究者ファーマンはハレーベイなどの自国の南極基地の観測値のチェックを行い、成層圏でのフロンガスの増加と上空のオゾン減少が関係していることに気付いた。実は、1978年から米国NASAのTOMS衛星は、南極成層圏オゾンを宇宙から広域にわたって観測していた。ところが、その観測データは自動的に品質管理されており、あまりに低いオゾン全量の値は誤りとして無視されていた。観測データには品質管理は欠かせないが、この時は定型的に行っていた品質管理があだとなった。(これは通説である。NASAの関係者は、1984年には1983年春のTOMS衛星での異常に低い値に気づいて、翌年の学会に向けて発表原稿を提出していたが、その前にファーマンらの論文が出たと言っている[2]。)
 日本やイギリスの観測結果を知ったNASAは過去のTOMS衛星観測データの再吟味を行い、その結果、南極上空のオゾン全量は南極の春に南極大陸を中心として面的に大きな穴をあけたように減少していることを発表した。アメリカのジャーナリズムはこれを「オゾンホール」と名付けた。[3]

南極基地でのオゾンゾンデ
(気象庁提供:https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/
ozonehp/3-15ozone_observe.html)
 日本の南極観測隊によるドブソン分光計によるオゾン全量観測はこのオゾンホール発見の端緒となった。しかし、日本の南極観測隊はこの問題にもう一つ大きな貢献をしていた。それは本の11-5-2「IGYと南極観測」で述べたように、IGY(国際地球観測年)を契機に始められたオゾンゾンデによるオゾン鉛直分布観測である。日本がオゾン減少に気付いた1982年当時、米国やイギリスも南極でオゾン観測を行っていたが、それは地上からの全量観測のみであり、オゾンゾンデによる鉛直分布観測は中断されていた。ところが日本の昭和基地だけがオゾンゾンデ観測を続けていた。これによるオゾン鉛直分布観測データによってオゾンが破壊されている高度がわかり、オゾン破壊のメカニズムの解明に大きな貢献を行った。アメリカはこれらのデータをもとに、南極成層圏上空で航空機観測を行い、オゾン破壊の反応メカニズムを特定した。これにより、オゾン破壊にフロンが関与していることが決定的になった。

 この結果を受けた世界各国の対応は速かった。1985年3月にはオゾン層の保護を宣言した「ウィーン条約」が締結され、実際の規制行う「モントリオール議定書」は1987年9月に締結された。さらにモントリオール議定書は年を追う毎に規制を強化していった。この迅速な規制によりオゾン層の破壊は1990年代後半には止まったと言われている。1年の対策の遅れは、回復のための数年~十数年の損失(長期化)を招いた恐れがあっただけでなく、さらなるオゾン層の減少は、紫外線の劇的な増加を招いたかも知れない。そうなったら皮膚癌の増加など人間への影響だけでなく、他の動物や植物(農業)にも影響を与えたかも知れない。

 よく言われるように、人間にとって目の前に見えているもの、今わかっているとされていることが全てではない。自然の奥には広大な未知の分野がまだ残っている。地球の将来の潜在的可能性を含めて、成層圏のオゾン層問題は人間による自然界の監視や調査に対する考え方や重要性に対する貴重な教訓を含んでいると思われる。
 
(つぎは「科学と技術」) 
 

参照文献

[1]「嵐の正体にせまった科学者たち ―気象予報が現代のかたちになるまで」(Cox著、堤 之智訳)
[2] 「A Vast Machine」(Paul N. Edwards著、MIT Press,2013)
[3]「オゾン消失」(川平浩二、牧野行雄 著)






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