2019年2月23日土曜日

高層気象観測の始まりと成層圏の発見(4) 無人気球による観測の問題点

有人気球による高層気象観測の危険性などから、1879年の国際気象委員会(IMC)においてオーストリアの気象学者ハン(Julius von Hann)は高山での観測を唱えた。これを受けてヨーロッパでは、ゼンティス(Säntis, 2500m)、ピク・デュィ・ミディ(Pic du Midi, 2859m)、ゾンブリック(Sonnblick, 3106m)、ツークスピッツェ(Zugspitze, 2962m)で観測が行われた。ヨーロッパ以外でもアメリカのワシントン山(Mount Washington , 1918m)、パイクス・ピーク(Pikes Peak, 4300m)、日本の富士山(3720m)などでも観測が行われた。しかし山岳での通年の観測は困難であり、さらに山岳は独自の気象条件から、山岳付近の大気は完全な自由大気(地表の影響を受けない大気)ではないことがわかってきた(Hoinka, 1997)。


気球「Phoenix」での飛行の様子
そのため、再び地上から有人気球を用いて高層気象観測が試みられるようになった。1891年にドイツではプロシア王立気象研究所(Königlich Preußischen Meteorologischen Instituts)やドイツ陸軍気球隊によって、有人気球観測が行われるようになり、それをドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(Wilhelm II)が支援した。1891年にはアスマンがアメリカの気象学者ロッチ(Lawrenc Rotch)やドイツの気象学者ベルソン(Arthur Berson)を乗せて、温度計の比較のためベルリンで気球観測を行った。1894年12月4日にはベルソンは気球「Phoenix」で当時最高の高度9 kmにまで達した(Rotch, 1900)。


有人気球による気温の観測例(Rotch, 1900)
横軸は気温(華氏)、縦軸は高度(フィート)。
低い方からハゼン(1887年)、グレーシャー(1862年)、
ベルソン(1898年)、ベルソン(1894年)
しかし、有人気球観測の費用や安全を考えると、もっと手軽に自由大気を観測できる手段が必要だった。そのため、自記測定器を搭載した無人気球が高層気象観測の有力な手段と考えられた。当時の気球はワックス紙やゴールドビーター(牛の腸の皮)、加工絹を使った開口式定積気球だった。これらの観測気球は重量と浮力との平衡高度で上昇を止め、気球内ガスの冷却や減少、結露による重量増加などにより風に流されながらゆっくりと下降した。着地点はしばしば放球地点から1000 km以上も離れた地点に達し、住民から連絡を受けた後、そこから自記測定器を回収する必要があった(Hoinka, 1997)。

有人観測も含めて初期の気球観測にはさまざまな問題に直面した。気温を測定するには日射や気球本体からの放射の影響を防がなければならなかった。また上昇・下降しながら観測するため、測定器の応答速度が遅いと異なる高度の気温を記録することになった。逆に気球の動きが遅いと、空気が測定器付近に滞留することもあった。そのため、気温や湿度の測定には感部の適切な換気が必要だった。観測データはそれらを考慮して、様々な補正が行われて使われた(Rotch, 1900)。

また、上空の寒気、強い日射、着陸時の衝撃から守る必要があるため、測定器類には単純で堅牢な構造とその適切な保護が必要だった。そのために本の4-7「メテオログラフ(気象自動記録装置)」で述べたように、1890年頃フランスのリシャール社が、時計で回転するドラム紙に気圧や気温などを同時にインクで記録するバロサーモグラフ(自記気圧・温度計)を開発すると、それが高層気象観測にも用いられた。ただし高空ではインクが凍ることがあるため、回転ドラムにすす紙をセットして針でひっかいて記録するなど工夫して使われることもあった(Rotch, 1900)。
リシャール社のバロサーモグラフ
Baro-thermograph of Richard. Rotch, 1900)

つづく

参照文献
  • Hoinka-1997-The tropopause: discovery, definition and demarcation, Meteorol. Zeitschrift, N.F. 6, 281-303.
  • Rotch-1900-Sounding the ocean of air. Six lectures delivered before the Lowell Institute of Boston in December 1898. - London: Soc. for Promoting Christian Knowledge.


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