2019年9月24日火曜日

気候学の歴史 (1)気候(気象)観測の始まり (History of Climatology (1): Beginning of meteorological observations)

 「気象学と気象予報の発達史」(以下「」)では、近代以降は主に天気予報に焦点を当てたため、気候に関する事項は、断片的になっている。そのため、ここで気候学の歴史を概要ながらまとめて説明しておきたい。

 もともと気象を観測する目的は、湖の水位や川の流量などの水文学と関連することもあったが、その地域の平均的な気象(気温や風、雨量)つまり気候を得ることにあった。平均的な気温や雨量などを示す気候から、その土地に向いた農作物などを知ることができた。本の3-3「学会の誕生と気象観測」に記したように、17世紀のイタリア、トスカーナの「実験アカデミー(Accademia del Cimento)」やイギリス、ロンドンの「王立協会(Royal Society)」は、気象測器を開発して、各地の気候を知るための国際規模の気象観測網を構築した(各気象要素の測定器の開発は本の4章「気象測定器などの発展」に詳しい。これは後の物理や化学の発展の礎を築いた)。後の様々な組織による気象観測網を含めて、各地の気候を知る目的には気象の法則を知ろうとしただけでなく、その地域の気候を知る目的も含まれていたと思われる。

 観測された気象データは本の中で表にして刊行されたが、日々蓄積している膨大な数値を目で見て理解して利用することは容易ではなかった。そのため17世紀頃から観測結果をグラフ化することが始められた。オックスフォード大学の自然研究者ロバート・プロット(Robert Plot, 1640-1696)は,1684年に気圧値を線グラフ化して王立協会の「哲学紀要(The Philosophical Transactions of the Royal Society)」に発表した。オランダの科学者ペトルス・ファン・ミュッセンブルーク(Pieter van Musschenbroek, 1692-1761)は1729年に出版した『実験物理学・幾何学論考(Dissertationes physicae experimentalis et geometricae de magnete)』の中でやはり気圧のグラフを示した。これは気象学におけるグラフの普及に影響をおよぼした[1]。その前後から観測結果を各地でグラフ化して分析することが行われるようになったようである。


「実験物理学・幾何学論考」中のウルトラジェクティナ州の気圧の変化(1月)。
Dissertationes physicae experimentalis et geometricae de magneteより

 また本の3-4-1「広域で定常的に吹く風の発見に記したように、16世紀頃からの大航海時代に積み重ねられた大西洋や太平洋、インド洋上の風の知識から、17世紀頃には恒常風と呼ばれるほぼ年間を通して向きが変わらない風があることもわかってきた。これらの風の情報は帆船での航海を安全かつ効率的にすることに貢献した。

 この地球規模の風が持つ規則性に注目した人々がいた。ハレー彗星で有名なイギリスの天文学者エドモンド・ハレー(Edmond Halley, 1656-1742)はセントヘレナ島へ行った際の経験などから、17世紀に貿易風やモンスーンの原因を考察した。彼は、本の3-4-2「ハレーによる貿易風の説明」に記したように赤道域の太陽によって熱せられた空気が上昇する領域が、時刻が移ると太陽とともに西に動くため、低層で東風が吹くと考えた。これは今日から見ると間違っているが、多くの書物に取り上げられて、19世紀まで広く信じられた。なお彼は赤道域の卓越風の風向図も1688年に哲学紀要に発表した。彼は磁気の等偏角線の図も発表しており、これが等値線を地図にするという考え方の始まりとなった。この等値線を描いた地図はフンボルトの気候図などに引き継がれていった。

 王立協会の気象観測網からのデータ整理を担当していたイギリスのジョージ・ハドレー(George Hadley, 1685-1768)は18世紀にハレーの説を否定して、本の3-4-3「ハドレーによる大気循環の説明」に記したように、熱帯域で上昇した空気は上層で高緯度へ向かい、やがて下降して赤道に戻る。その際に低緯度の方が地球自転による速度がより速いため、低緯度に向かう空気は赤道域で東風になることを示した。彼はこの大気の流れを「循環(circulation)」という言葉で表した。それ以降、今日に至るまで地球規模の大気の流れは「循環」という言葉を使って表されている。彼の説は19世紀になってから、ハレーの説に変わって取り上げられるようになった。

つづく

参照文献

[1] 濱中 春-2017-面と線の意味論 : ゲーテと1820年頃の気象学のダイアグラム, 社会志林, 64-, 3, 41-67, http://hdl.handle.net/10114/13821

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