2019年11月5日火曜日

気温測定の難しさ (Difficulty of atmospheric temperature measurement)

 温度計の目盛りの較正と標準化は18世紀から始まった。本書の4-3 「温度計の発達とその目盛りの変遷」で述べているように、例えばその統一された目盛りには、摂氏、華氏、レオミュール温度計などが使われるようになった。しかし、気温の正確な測定はそれだけで十分なほど簡単ではない。測っている気温がその地域を十分に代表しているかという問題もあるが、測っている値そのものが大気の温度なのかということにも十分な注意を要する。

 例えば、テレビなどで屋外で温度計を持って気温を示していることがあるが、厳密には気温といえない場合がある(体感としては近いかもしれないが)。屋外で直接人間が気温を測定すると、温度計感部が人間の体温の伝導熱、太陽光の放射熱、付近のアスファルト・建造物などの輻射熱などいろんなものを感部自身やその周りで拾う可能性がある。それらが合わさった温度は少なくとも気温ではない。

 17~18世紀当時は、気温は室内で測定されているものも多かったようである。暖房のない部屋が選ばれたようだが、それでも外気温とは異なるし、部屋が南向きか北向きかでも温度は異なったであろう。

 大気温度の測定方法の標準化、つまり測定環境への配慮がきちんと行われるようになったのは、19世紀に入ってからである。それでも問題は山積していた。屋外で測定されるようになって大きな問題となったのは、まず昼間の太陽放射の影響をどう防ぐかだった。当時は気温の測定者が各自それぞれ独自の工夫をしていたようである。

 18世紀前半に特にイギリスで広く使われたのが、イギリスの気象学者グレーシャー(James Glaisher, 1809-1903)が開発したグレーシャー・スタンド(Glaisher stand)と呼ばれる日よけ用の屋根がついたオープン型スタンドである[1]。これは彼がグリニッジ天文台の気象部長の時に考案した物で、温度計はスタンドの遮光板の裏側につけられていた。

Glaisher stand

 ただし北側といえども太陽光が射す場合があるので、このスタンドを回転させて温度計を常に太陽と反対側にしておく必要があった。そのため、一定時間ごとに人手で回転させねばならず、それを忘れるとあるいは位置をセッティングして次の観測までの間隔が長すぎると、太陽光が回り込んで誤データを観測する可能性があった。また、屋根はあるものの温度計は大気に暴露しているので、雨、霧、露の影響を受け、また地面からの太陽光の反射や熱輻射を受ける恐れがあった。

 それで考えられたのが、1863年にスコットランドの灯台設計者トーマス・スティーブ
ソン(Thomas Stevenson, 1818-1887)が発明した、スティーブンソン・スクリーン(Stevenson Screen)である。これは一種の2重のよろい窓を持った木箱で、太陽光を遮蔽しながら風通しも考慮された。日本では百葉箱と呼ばれている。スティーブソン・スクリーンは窓や換気法が順次改良されていった。イギリス気象学会(Britain’s Meteorological Society)で1873年に各種の遮光板や気象観測箱が比較検討された結果、スティーブソン・スクリーンが気温観測のための使用が推奨された[2]。それ以来世界で長年使われている。

 ところが、スティーブ
ソン・スクリーンの測定値に疑問を持ったのがスコットランドの気象学者ジョン・エイトケン(John Aitken, 1839-1919)で、彼はティーブソン・スクリーンを綿密に調査して、箱が持つ熱慣性の影響に気づいた(論文は死後の1921年に出版された)[3] 。箱の内部では壁の熱から出る長波放射によって温度計感部が影響を受けるのである。

 現在ではティーブ
ソン・スクリーンの利用は減って来ている(気象庁では百葉箱を既に使っていない)が、世界各地ではまだ使われている所も多い。現在では、放射の影響を小さくするために、内外の放射の影響を与えにくいハウジング材の利用、ハウジング本体の小型化、センサーの小型化、通風量の増大などが図られている。本書の4-5-3「乾湿計」「リヒャルト・アスマン(その1)」で述べたようにアスマンが開発した通風式乾湿計もその一つである。
 
ティーブソン・スクリーン(左側)とセンサーと箱が一体に近いbeehive screen型の温度計(右側)
  なお、昔の気象学者は本書でもしばしば出てくるように、多くの専門を持っていることが多く、ここで出てきたイギリスの気象学者グレーシャーは、イギリスの王立気象学会の会長で気球観測における瀕死の冒険でも有名である。トーマス・スティーブ
ソンは有名な灯台設計者である。エイトケンは、エイトケン粒子にその名を留めるエアロゾルや雲物理の高名な気象学者でもある。

[1] J. Glaisher-1868- Description of thermometer stand. Symons's Meteorol Mag, 3, 155.

[2] S. NAYLOR-2018-THERMOMETER SCREENS AND THE GEOGRAPHIES OF UNIFORMITY IN NINETEENTH-CENTURY METEOROLOGY, Notes Rec. (2019) 73, 203-221.
[3] J. Aitken-1921-Thermometer screens. Proc Roy Soc Edinburgh, 40, 172-181.

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