このブログは 「気象学と気象予報の発達史 」の一部です。
ここでは観測された気温をベースに計算された(地上の)全球平均気温の経年変化の課題を挙げる。「気候変動社会の技術史」(日本評論社)の第11章で述べているように、全球平均気温のデータセットは一つではない。この本で示しているように、よく使われている近年の全球平均気温のデータセットだけでも4種類ある(下図参照)。
最近の4つの全球地上気温データセット。ブローハンら(2006)から更新したCRUTEM3平均値[黒線]に対する世界の地上気温の経年偏差(℃)。偏差は1961-1990年の平均値との差である。平滑曲線は10年平均の変動を示す。国立気候データセンター(NCDC)[濃い灰色線]、ゴダード宇宙研究所(GISS)[赤線]、Lugina et al.[緑線]の偏差もCRUTEM3の1961-1990年の平均値に対してプロットされている。出典:Climate Change 2007: The Physical Science Basis (Cambridge University Press, 2007).
この違いは、各データセットで用いている観測データ(インフラストラクチャの遡及を含む)やデータ処理方法の違いに原因がある。つまりこの本が指摘しているように、観測値に基づいた全球平均値は、データセットが処理に用いているデータ解析モデルに依存していることになる(詳しくは気候変動社会の技術史(日本評論社)の公式解説ブログ「データ解析モデル」 を参照)。これをよく理解していないと、同じく「『健全な科学』議論」 で述べたような誤解が起こることがある。
この全球のデータセットが一つではないことを説明する例として、気温ではなく温室効果ガス全球平均濃度の例を挙げる。考え方は気温と同じである。これは現在大きく分けると、NOAA(米国海洋大気庁)発表している全球平均値とWMO(世界気象機関)が発表している全球平均値の2種類がある。NOAAは、自分たちが世界に展開している海岸に近い清浄な観測地点の観測値を使って、地域の重みを考慮した上で世界平均値を出している。これはIPCCを始め、科学論文などで利用されている。
WMOによる全球平均値は、WMOの全球大気監視(Global Atmosphere Watch)プログラムに参加している観測地点の観測値を用いている。これは毎年WMOが温室効果ガス年報(Greenhouse Gas Bulletin:日本語版はこちら)で発表されており、全世界のマスコミがこの値を報道している。ちなみに、WMOの温室効果ガス年報には、NOAAの観測地点の値も含まれている。なお、濃度の基準となる尺度は共通であり、値の違いは用いている観測地点の違いとデータ解析モデルの違いによる。
そして、ここでは全球平均値を算出するデータ解析モデルの例として、温室効果ガス年報で使われているデータ解析モデルを説明する。WMOの全球平均値は、気象庁が運営している温室効果ガス世界資料センター(World Data Center for Greenhouse Gases:WDCGG)によって算出されている。同センターでは集めた世界各地の観測地点のデータを用いて、1983年からの全球平均値を算出している。
しかし、年とともに観測地点の開始や廃止が行われることがあり、解析期間の全期間にわたって全ての観測点のデータがあるとは限らない。これをそのまま算術平均を行うと、期間によって地点数が異なるため、地域の違いなどによる重みが時間と共に変わってしまう。これでは正確な全球平均値の経年変化とはならない。そのために、観測値を選別したり、重みを均等にしたりするためのデータ解析モデルが必要となる。
同センターが行っている処理は、概要を記すと以下のようになる[1]。
1.全球平均に必要なデータは、その地域の広範な範囲を代表する必要がある。地点によっては近隣の都市汚染や森林火災などの影響を受けることがあるが、この影響は局地的であるため、このような観測値を全球を対象とする計算から除く必要がある。そのため、全地点から計算した緯度分布の平均値から標準偏差が3シグマ以上離れた値をふるいにかける。これは計算に使う全ての値が3シグマ内になるまで繰り返される(このやり方はNOAAと同じである)。
2.以下の手段によって、全観測地点の観測期間を揃えるとともに、観測の空白期間があればそれを埋める。
・他の観測地点から算出した同じ緯度帯の、季節変化を除いた経年傾向(トレンド)を算出し、それをデータがない地点のトレンドにつなげる。これは、中高緯度では西風が卓越しているので、同じ緯度帯では、濃度は異なっても傾向は同じであることを仮定している。
・各観測地点が持つ平均的な季節変化幅を算出し、そのつなげたトレンドに重ね合わせる。これによって全ての観測地点でデータ期間が揃った空白のない月平均データが作成される。この期間が揃った各地点の時系列観測データがポイントとなる。
データ同期のために外挿された(破線)CO2 長期トレンド(上)と季節変化を加えた長期濃度変動(下)の例
WDCGG が保管している観測されたCO2 の月平均濃度データ(左)と全球平均のためにデータ期間を揃えた月平均濃度データセット(右)。図は北半球高緯度の観測地点を上にして緯度毎に並べた濃度の経年変動を示している(最下段は南極)。左の観測データは長さがバラバラで虫食い状態になっているが、右は全ての観測点データの長さが揃って空白がないことがわかる。色は濃度値を反映している。
3.各緯度帯毎に平均気温を算出し、その緯度帯が持つ面積の重みをつけて全球の平均気温を算出する。
以上の計算を行うモデルが、センターが用いているデータ解析モデルとなる。同様なことが世界平均気温の算出でも行われている。観測地点やインフラストラクチャの遡及を含む観測データの違い、気温の内外挿の手法の違い、地域平均の取り方の違いなどによって全球平均値が異なることとなる。ただし、どのデータセットでも全球平均気温は右肩上がりになっており、最初の図を見てわかるように、その差はそれほど大きくない。
なお、気候変動社会の技術史(日本評論社)の公式解説ブログで解説した再解析データからも全球平均気温は計算できる。しかし、現在は実際の地上気温の経年変化の把握には直接的には使われていない。ただし、再解析データはイベントアトリビューションなどの現在の気候変動に対する人為効果の寄与の推定などには頻繁に使われている。
(次は、低気圧発達の解明(1)歴史的経緯)
参照文献
[1]堤 之智・森 一正・平原 隆寿・池上 雅明・栗原幸雄・Thomas J. Conway, WDCGG における主要温室効果ガスの全球濃度解析手法, 気象庁, 測候時報, 76.4-6, 2009.