2026年5月30日土曜日

実践の予報学者スベール・ペターセン (7) 戦艦ティルピッツ爆撃のための予報

 7. 戦艦ティルピッツ爆撃のための予報

    (このブログは 「気象学と気象予報の発達史 」の一部です。)  

 ドイツ戦艦ティルピッツは、ビスマルク級戦艦の2番艦であり、排水量は43000トンもある大型の戦艦である。本来は戦艦ビスマルクと組んでの通商破壊作戦が想定されていたようだが、ティルピッツが竣工した時には戦艦ビスマルクは沈んでいた。いくつかの小さな通商破壊作戦に参加した後、ティルピッツは、1942116日にノルウェーのトロンヘイム付近のフィヨルドに入って停泊した。この単艦だが強力な戦艦の存在は、北海に輸送航路を持つイギリスにとっては依然脅威だった。

 

戦艦ティルピッツ
https://en.wikipedia.org/wiki/German_battleship_Tirpitz#/media/File:Tirpitz_altafjord_2.jpg

 ある日、ペターセンは爆撃隊司令部部長のボールドウィン元帥に呼ばれた。元帥はペターセンにトロンヘイム付近のフィヨルド付近の拡大写真を渡して、何か変わったものが見えるかどうか尋ねた。トロンヘイムは幼い頃過ごした地域の一つで、ペターセンにとっては庭のようなものである。ペターセンは直ちに半島の近くにある小さな島を思い出せないと答えた。それが厳重にカムフラージュされた戦艦ティルピッツだった。

イギリスではこのフィヨルドに停泊している戦艦ティルピッツを攻撃する計画を立てていた。ただし強力な防御甲板を持つティルピッツを上から普通に爆撃しても損傷を与えることは困難である。そのため、まずランカスター爆撃機を使った夜間爆撃によって対空砲を破壊し、その後直ちにハリファックス爆撃機が超低空で爆雷と魚雷を投下して、魚雷防御網をくぐって柔らかい船体下腹部を狙うことになっていた。

ランカスター隊の任務は高度5000mからの正確な爆撃だった。そのためには、空は晴天でなければならず、夜間なので船や岬の近くに影が落ちないほど高い満月でなければならなかった。高緯度のトロンヘイムでは、近いうちにこの条件を満たすのは42527日夜の3日間だけだった。

ペターセンはフィヨルドの複雑な気象を誰よりも熟知していた。スコットランドの北に高気圧があることがわかっていた。彼の解析によって気温の鉛直分布からこの安定した晴れの状況は今後も持続すると予想された。また、4月のトロンへイムフィヨルドは気温と水温との差が少なく、海霧が発生する可能性は低かった。その一方で、雪に覆われた陸地の冷たい大気が流れ出して暖かい海の大気と出会うと、低い雲や霧が発生する可能性があった[1]。

攻撃予定日が近づくと航空偵察が行われたが、トロンヘイム付近は風がなく霧に覆われていたため、25日と26日の攻撃は断念された。27日昼間の偵察では少し海風が出てきたことがわかった。霧が海風によって陸側へ後退することによってティルピッツが露出する可能性が高くなったが、ドイツ軍が人工の霧を発生させるかもしれなかった。

ペターセンは、軍幹部に気象状況を説明するとともに、ランカスター隊とハリファックス隊の攻撃時刻の間隔を短くした方が良いのではと提案した[1]。しかしこれは却下された。高空と低空では風の向きや速度が複雑に異なるので、両隊が予定時刻通りに到着するという保障はなかった。

4月27日の夜に作戦は開始された。ランカスター隊は予定通り理想的な天候での爆撃に成功した。しかし、その後ハリファックス隊が突入した時には陸風が吹いており、ティルピッツの姿は陸から流れ出した霧でぼんやりとなっていた。しかも対空砲火は激しく、ランカスター隊の効果はあまりなかったようだった。ハリファックス隊はぼんやりした目標に対して爆雷と魚雷を投下した。ハリファックス隊は5機を失ったが、ティルピッツは少し傾いたものの大きな被害を受けなかった。

攻撃の状況は完全に記録されて、有益な教訓を得ることができた。作戦は天候の予測も含めて全体として非常にうまく運営された。しかし、夜間爆撃は小さな目標への精密爆撃には向いておらず、またティルピッツの強靱さに比べて、攻撃側の兵器と技術の不十分さが原因とされた。

ティルピッツはその後何度も新型の大型爆弾で攻撃され、大きく破壊された。ティルピッツはトロムソ近海で座礁させられて要塞として使われていたが、最後は19441111日に大型爆弾により横転して着底した。

 

参照資料 

[1] Sverre Petterssen, 2001: Weathering the Storm: the D-Day Forecast, and the Rise of Modern Meteorology (Edited by James Rodger Fleming), American Meteorological Society.

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