2022年11月16日水曜日

風船爆弾(10)

 10    まとめとその後

風船爆弾は当時欧米ではほとんど知られていなかった高高度の高速気流(ジェット気流)という気象を利用するという卓抜なアイデアの兵器だった。風船爆弾は1. 概略と戦前の構想で述べたように、大陸間をまたいで攻撃できる世界初の兵器といえなくもないが、行き先は風任せであり、大陸間浮遊漂流兵器とでも呼べようか?

風船爆弾は、当時の日本が戦争末期にアメリカ大陸を直接攻撃してアメリカ国民を威嚇できる唯一の手段だった。アメリカ軍が対抗手段を取ったという意味では、この威嚇はそれなりに効果を発揮したといえるかもしれない。

ただ費用対効果という点でいえば議論があろう。このプロジェクトは、当時の日本の産官学を総動員した大規模な国家的プロジェクトだった。風船爆弾の開発費を除いた製造コストは1個1万円だった [11]。量産が進むともう少し安くなったようであるが、女生徒を含む作業者たちにまともな賃金が支払われた上でのコストだったのかどうかはわからない。

当時最新鋭の精密兵器である酸素魚雷が1本5万円と言われていた。風船爆弾を9000個の製造にかかった9000万円という費用は、価格だけ見ると大型の最新鋭空母に匹敵する(翔鶴級航空母艦の建造費は1隻約8500万円である)。

兵器が持つ残虐性は別としても、1トン爆弾を積んたドイツのV2ロケットによる攻撃をイギリス国民が耐え忍んでいた時期に、国家的大規模プロジェクトとして、35kgの爆弾を積んだ風任せの風船爆弾でアメリカ国民に恐怖を与えようという大本営の判断は、戦略的効果として、あるいは国民の労力からみて合理的なものだったのだろうか? 

風船爆弾を用いた攻撃は4月で終了した(予定では3月)。これはそれ以降は気流が適しなくなることが多いのと、手持ちのストックを使い果たしたためと思われる(既述したように一部で製造は続けられたようである)。しかし、アメリカは当時日本上空の強い西風が夏季には起こらないことを知らなかった(ジェット気流が気象学上のテーマとして出てくるのは戦後である)。

5月以降は攻撃が止まったにもかかわらず、アメリカでは8月まで大量の設備と人員を割いて、捜索と迎撃のための対応を続けた [1]。それでも、それらはアメリカの膨大な戦力から見ると微々たるものだったろう。

風船爆弾による攻撃は第二次世界大戦中に行われたが、この話は決して過去のものになったわけではない。例えば現在でも日本国内で第二次世界大戦中にアメリカ軍が投下した爆弾の不発弾がときおり発掘されている。一昔前までは浚渫船が日本近海で海底の機雷をひっかけて爆発し、犠牲者が出たこともあった。

同様に、風船爆弾の落下位置がすべて特定されているわけではなく、今後もアメリカで落下した風船爆弾が発見される可能性がある。1955年にアラスカで発見された風船爆弾の爆弾はまだ爆発力があることが確認されている [1]。今後も、1945年5月5日にオレゴン州ブライで起こったような事故が起きないとは断言できないだろう。


スミソニアン協会の芸術産業館の後方に展示してある日本の風船爆弾。これは太平洋を横断した後、1945年3月13日にオレゴン州エコーで回収されたもの。展示されている他の歴代の気球と比べてその大きさがわかる。[1]より。
(このシリーズ終了:次は風神と雷神

参照文献(このシリーズ共通)

1. Mikesh C. Robert. Japan's World War II Balloon Bomb Attacks on North America. Smithsonian Institution Press, 1973年, Smithsonian Annals of Flight, Number 9 .
2. 防衛庁防衛研修所戦史部. 大本営陸軍部〈9〉. 朝雲新聞社, 1975年.
3. 櫻井誠子. 風船爆弾秘話. 光人社, 2007.
4. 伴繁雄. 陸軍登戸研究所の真実. 芙蓉書房出版, 2010.
5. 荒川秀俊. お天気日本史. 河出書房, 1988.
6. 荒川秀俊. 風船爆弾の気象学的原理. 東京地学協会, 1951年, 地学雑誌, 第 60 巻.
7. 草場季喜. 風船爆弾による米本土攻撃. (編) 日本兵器工業会編. 陸戦兵器総覧. 図書出版社, 1977.
8. 高田貞治. 風船爆弾(II). 中央公論社, 1951年, 自然, 第 6 巻, p44-54.
9. 高田貞治. 風船爆弾(III). 中央公論社, 1951年, 自然, 第 6 巻, p70-79.
10. Balloon Bomb(風船爆弾). Wikipedia. (オンライン) (引用日: 2019年9月5日.) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%88%B9%E7%88%86%E5%BC%BE.
11. 「ふ」作戦 ー風船爆弾始末記ー. (編) テレビ東京. 証言・私の昭和史4 太平洋戦争後期. 文藝春秋, 1989.
12. 高田貞治. 風船爆弾(Ⅰ).中央公論社, 1951年, 自然, 第 6 巻, p24-33.
13. 防衛庁防衛研修所戦史室. 戦史叢書第045巻 大本営海軍部・聯合艦隊<6>第三段作戦後期. 朝雲新聞社, 1971.
14. 明治大学平和教育登戸研究所資料館, 元登戸研究所関係者の座談会. 4号, 2018年9月, 館報, p111-127.

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