2021年7月17日土曜日

キスカ島撤収-「ケ」号作戦(4)

 4. 気象予測の作戦への利用

天候は西から変わることが多い。日本はアメリカから見てアリューシャン列島よりさらに西に位置している。また日本軍は北方や西方に位置しているソビエト連邦の気象観測所からの気象暗号電報を解読していた [6, p53]。気象予測という観点では西方の気象データを利用できる日本軍の方が有利であり、アメリカ軍は日本軍がその利点を活かした戦術をとっていると思っていた [9, p19]。キスカ島撤収作戦においては、日本軍は霧が継続することを予測して撤収を成功させた。しかし、それは最後になって霧に特化した例外的かつ集中的な研究を行ったからだと思われる。「アリューシャンでの戦い」でも述べているように、アッツ島、キスカ島への輸送が天候の変化によるさまざまな影響によってたびたび失敗していることから、きめ細かな気象予測が作戦に活用されていたとは言いがたい。

気象予測を作戦に利用しようとすると、少なくとも日頃から気象観測結果を利用した分析を蓄積して、当該方面の気象的特徴を把握する必要がある。気象予測を十分に活用できなかったのは、当時の気象部隊が用いていた気象学のレベルの問題と、それを利用する運用側の意識の問題があったと思われる。当時最新のベルゲン学派(ノルウェー学派)気象学による前線解析は、風向風速の変化や天候の急変をある程度予測できた(ベルゲン学派より前の天気図に前線はない)。そのため、その発祥の地の緯度に近いアリューシャンでそれを活用していれば気象の予測精度がもう少し向上していた可能性がある。そうすれば、キスカ島より東に位置するアメリカ軍基地での天候回復のわずかな時差を利用した輸送などのきめの細かい作戦が行えたかもしれない。

アリューシャン付近の天気の例。2021年7月9日の天気図(上)と気象衛星赤外画像(下)
北太平洋のアッツ島とキスカ島の間に前線がある。気象衛星画像からは前線に沿って雲が連なり、千島から西部アリューシャン列島付近の海上では、薄い灰色から霧が出ていることがわかる。前線はベーリング海でTボーンと呼ばれる形を採っているようである(「前線のその後」参照)。
出典:気象庁ホームページ。
天気図(https://www.jma.go.jp/bosai/weather_map/)
気象衛星画像(https://www.jma.go.jp/bosai/map.html#5/34.5/137/&elem=ir&contents=himawari)


第五艦隊気象長竹永一雄少尉は、実はベルゲン学派の気象学を研究していた。ノルウェー出身のスベール・ペターセンというベルゲン学派気象学の新進気鋭の研究者が1940年に書いた「気象解析と予報(Weather analysis and forecasting)」という気象学の教科書を読んで前線解析を会得していた。彼は1943年2月に第五艦隊に赴任すると、それを用いた天気図を描いたが敵性天気図と叱責されてしまう。ところが、彼が乗った軽巡洋艦「多摩」は千島で時化に遭い、その時の天候の急変は竹永少尉が描いた天気図通りとなった。これを契機に彼はペターセンの本の解説書を作って海軍内に配布した [6, p14-25]。

なお、本書「9-2-4ベルゲンへの留学生」では、第五艦隊の気象長を前川利正少尉としたが、竹永一雄少尉の誤りである。前川氏は竹永氏と同様に中央気象台技術官養成所出身であるが、戦時中は樺太庁気象台や前橋測候所に勤務し、海軍に所属したことはない。

スベール・ペターセン
https://en.wikipedia.org/wiki/Sverre_Petterssen#/media/File:Sverre_Petterssen.png

ベルゲン学派気象学を用いた体系的な気象の研究がなされていれば、気象予測をもっと作戦に用いることが出来たかもしれない。ただし、この解析が当てはまるのは中高緯度なので、熱帯や亜熱帯の中部太平洋では利用できなかった。日本の中央気象台(気象庁の前身)が前線を用いたベルゲン学派気象学を利用し始めたのは戦後だったが、本書「9-6ロスビーの業績」で述べたように、アメリカ気象局でベルゲン学派気象学を導入したのは1930年代後半からだった。

ペターセンは、アメリカのマサチューセッツ工科大学の気象学科でロスビーの後継として教鞭を執っていたが、ドイツのノルウェー侵攻以降イギリス気象局へ移って、さまざまな作戦の予報に参加した。「10-1-1戦争中の予報」で述べたように、ノルマンディ上陸作戦での気象予報にも参加した。そこでは上陸日を延期させて、一つ間違えば荒天で破綻していたかもしれない上陸作戦を、見事に成功に導いたことに貢献したことでも知られている。

(このシリーズおわり)

参照文献(このシリーズ共通)

[1] 防衛庁防衛研修所戦史室. 戦史叢書 北方方面海軍作戦.  朝雲新聞社, 1969. 第 29 巻.
[2] 防衛庁防衛研修所戦史室. 戦史叢書 北東方面陸軍作戦<1>-アッツの玉砕-.  朝雲新聞社, 1969.
[3] 防衛庁防衛研修所戦史室. 戦史叢書 大本営海軍部・聯合艦隊<4>第三段作戦前期.  朝雲新聞社, 1970.
[4] 徳田 八郎衛. 間に合わなかった兵器.  光人社, 2001.
[5] 半澤 正男. 若き艦隊予報官の霧予報的中. 海の気象, 24, 5, 海洋気象学会, 1989.
[6] 阿川 弘之. 私記キスカ撤退.  株式会社文藝春秋, 1988.
[7] キスカ会. キスカ戦記.  原書房, 1980.
[8] Navy U.S. The Aleutians Campaign June 1942-August 1943.  Naval History and Heritage Command, U.S. Navy, 2018.
[9] Wilder A. Carol. Weather as the Decisive Factor of the Aleutian Campaign, June 1942-August 1943.  Drake University, 1983.


2 件のコメント:

  1. はじめまして、「科学・学びブログ天紹介所」管理人トミと申します。

    是非ブログを当サイトで紹介させていただきたく参りました。

    文字のみでは難しいゆえ、詳細URLからご閲覧いただければと存じます。
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    ご検討のほどよろしくお願いします。

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  2. ありがとうございます。リンクを張らせていただきました。

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