2021年8月20日金曜日

1783年のラキ火山噴火の大気への影響(1)

1. はじめに

これまでこの「気象学と気象予報の発達史」ブログでは「ムンクの「叫び」とクラカタウ火山」で、火山噴火が絵画に与えた影響と「成層圏準二年振動の発見(1) クラカトア東風とベルソン西風」で火山噴火が成層圏の循環を解明するきっかけとなったことを述べた。これらに限らず大規模な火山噴火が広域の大気に影響を及ぼすことは多い。

1783年にアイスランドで起こったラキ火山噴火はこの千年間に起こった最も注目に値する火山噴火の1つである。その理由は、噴火によって1783年のヨーロッパの広域での持続的なドライフォッグと呼ばれる煙霧(ヘイズ)が起こり、下部成層圏に大量に注入された噴煙によると思われる翌年の冬の厳冬が起こったと考えられているためである。そしてヨーロッパではその気候変動によると思われる死者数の大幅な増加も起こった。そのため1783年は畏怖の年「Year of Awe」とも称されている。

アイスランドのラキ火山の位置

この火山噴火は、1815年のタンボラ火山噴火や1991年のピナトゥボ火山噴火のような短期間の噴火と異なり、大きな噴火が7か月間にわたって続いた。そのため、ラキ火山噴火は大規模火山噴火の長期にわたる人間への影響という観点から、現在においても貴重な事例となっている。そのためイギリスでは、2012年の「市民の緊急事態のためのイギリス国家リスク目録(UK National Risk Register for Civil Emergencies)」の中で、可能性のある最も危険性のあるリスクの中の一つにこのラキ火山タイプの噴火が登録されている。また、この噴火はエアロゾルによる地球温暖化の緩和という観点からも近年になってその研究が再び注目を集めている。

1783年は特異な年で、この噴火以外にもイタリア南部での大地震、アイスランド南西沖での海底火山噴火、流星の頻発、疫病の蔓延など自然の事象や災害などそれまでにない事象が多発し、人々に深刻な不安や影響を与えた。この噴火による気象や気候の変動も当時のヨーロッパの人々に強い印象を与え、この様子は各地の気象観測記録、出版物、科学論文、雑誌記事、日記に記録された。ヨーロッパではちょうど測定器による気象観測が始まっており、観測の質にはばらつきがあるものの、気温への影響に関する定量的な議論を可能にした。

またこの噴火は、大気汚染や異常気象による人間への直接的な健康被害だけでなく、飼料・農作物への被害を通してアイスランドでは飢饉の原因にもなった。この噴火後の1973年から1784年の冬に起こった厳冬を受けて、ベンジャミン・フランクリンは火山噴火による気候への影響とその予知、つまり季節予報についての初めての科学的考察を行ったことでも知られている。火山国日本でも大規模な火山噴火はいつでもどこでも起こりえる。そのためラキ火山噴火によって、当時ヨーロッパを中心とする世界各国で何が起こっていたのかを知っておくことは、日本でも何かの役に立つかもしれない。なお、同じ年に起こった日本の浅間山の噴火と気候への関係についても最後に述べる。

(つづく)


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