2025年12月20日土曜日

気象警報の伝達苦労の今昔

  気象学とは異なるが、気象情報の変化が激しい今日、警報伝達の難しさを述べておくのも良いかもしれない。日本での警報は、明治16年にクニッピングが始めた暴風警報に始まる(日本の暴風警報と天気予報の生みの親クニッピング(4)参照)。しかし、危険な気象状況になりそうなことを、漁師などの多くの人々にわかってもらえるためにどう伝えればよいか、については当時から苦労があった。戦前は尋常小学校しか出ていない人々も多かった一方で、当時のいわゆる官吏は難しい漢語を使う傾向にあった。どうも警報に「海上不穏の虞(おそれ)あり」などの文言を用いたこともあったらしい。日露戦争の日本海海戦でその気象予報を行い、戦前に中央気象台台長を務めたことでも知られている岡田武松は、次のように述べている[1]

「虞れあり」なぞと云ふのは誠に六つかしい文字だ、大衆を相手とするものに、こんな途方もない六づかしい文字を用ひるのは決して策の得たものではない。

彼は気象情報をわかりやすく改善しようとしたが、それに対して、論語などの教育を受けた旧来の識者から抵抗を受けたようである。一方で警報に「風強かるべし」のような中途半端な文言を入れていたため、今度は風が強い地域では警報がしょっちゅう出ることになり、「狼来たれり」の二の舞をやってしまったとも述べている[1]

昭和9年の室戸台風の被害を受けて、昭和1091日から気象特報というものが設けられ、「風強かるべし」のような文言はそちらに移されることになった。これは今でいう注意報である。なぜ「注意報」にならずに「特報」という名称にした理由について、岡田は「注意報と云ふのは語路も悪いし、少しく驚かす意味も含んでゐて、面白ろくないと云ふ向きもあり」と述べている[1]。注意報という名称に、当時は抵抗があったことがわかる。これで当時の気象関する情報は、天気予報、気象特報、気象警報の3段構えとなった。

その後、幾多の変遷があったが、2004年(平成16年)の「新潟福島豪雨、福井豪雨」を受けて、防災気象情報の改善が加速した。2006年から指定河川洪水予報の改善が始まり、2008年には土砂災害警戒情報が全国的に発表されるようになった。2010年には各種警報も全国の市町村単位で発表されるように変わり、2013年から特別警報が新設された。2019年には防災行動としての警戒レベルの運用が開始され、2021年にはそれによる住民が取るべき行動が明確化され、各種気象情報などとリンクされるようになった。

防災情報は日進月歩の状態だが、その理解に追いつくのが大変になっている。しかもこれらは防災気象情報のメインストリームの部分であり、他にも記録的短時間大雨情報、竜巻注意情報、高温注意情報(熱中症警戒アラート)など、あまたの気象情報が出されている。他にも地震・津波や火山に関する情報もある。

岡田武松が述べているように、昔から気象関係者は気象に関する危険を誤解なく人々にわかってもらうことに苦心してきた。かつては異常乾燥注意報や異常天候早期警戒情報など強いニュアンス持つ名称の気象情報もあったが、今ではそれらの名称は変更されている。気象情報について名称の変更、情報のレベル化など幾多の改善がなされてきたが、人々の意識や行動も変わっていく。今後もこういった改善は続いていくのかもしれない。

 

  参照文献

[1]岡田武松、続測候瑣談、岩波書店、1937

2025年12月1日月曜日

降水量の測定は容易か?

     (このブログは 「気象学と気象予報の発達史 」の一部です。)   

レーダー降水量などを除くと、降水量(雨量)の測定は基本的には瞬間値ではなく、ある一定時間の積分値である。そのため、雨水を貯めれば何らかの量の測定は出来る。しかも蒸発などによる貯水後の変動は小さく、また工夫すればその影響を減らすこともそれほど困難ではない。そのためか、降水量の観測の歴史は古い(降水観測の歴史は本書の「4-6 雨量計」で述べたので、詳しくはそちらを見ていただい)。

 紀元前に既に降水量を観測した記録がある。また複数の雨量計を用いたネットワークでの気象観測を世界で最初に始めたのは15世紀の李氏朝鮮であり、そのことを1910年に発表したのは、当時の朝鮮総督府の気象観測所長だった中央気象台の和田雄治である[1]。なお「暴風警報の準備(2」で述べたように、日本での気象観測法を編纂した一人も和田雄治である。

こうやってみると、降水量の観測は順調に発達してきたように見えるが、実はそうではなかった。むしろ降水量の測定は、19世紀まで厄介な問題を抱えた観測の一つだった。

その問題のきっかけとなったのは、1769年頃のロンドンのヘバーデンの実験だった。彼は庭に雨量計を設置するとともに、自宅の煙突の上にもう一つ雨量計を設置した。さらに近くのウェストミンスター寺院の高い塔の上にも雨量計を設置した。彼は一年間測定を続け、煙突での降水量は庭の降水量の80%しかなく、さらに高い寺院の塔の降水量は、庭の降水量に比べて約50%しか示さなかったことを明らかにした。これによって、降水量は高度の関数であると思われた。

ヘバーデンはこの現象の原因を説明できず、雨粒が最後の数百メートルで成長して降水量が多くなったのではないかと推測した。この実験結果を読んだベンジャミン・フランクリンも、同僚への手紙の中で、雨は大気中を落下する間にその冷たさで自ら結露しているかもしれない、と示唆した[1]

各地で同様の高度を変えた観測が行われたようだが、結果は大きなばらつきを示したものの、概ね高度が高いほど降水量が減るという規則性を示した。そのため地上に落下する数百mの間にどうやって雨粒が成長するのか、が議論となった。

個々の雨粒が落下中にどのような挙動を示すのか(成長するのか)、という実験を行うことはほぼ不可能に等しい。19世紀頃から一部の学者は風の影響を指摘するようになったが、決定的な証拠はなかった。今から考えると信じられないかもしれないが、フランスのフランソア・アラゴやイギリスのジョン・ハーシェルなどの高名な科学者も加わって、雨粒が地上近くで成長する凝結条件などの議論が1世紀近く続いた。

この論争に決着をつけたのは、イギリスのウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ1835 - 1882)である。「えっ?」と思った方は経済学などにくわしい方に違いない。彼は「限界効用理論」という経済学で有名な基礎理論を唱えた一人である。また石炭枯渇などの資源問題、論理学においても大きな貢献を行った。 

ジェボンズの肖像写真
https://en.wikipedia.org/wiki/William_Stanley_Jevons#/media/File:William_Stanley_Jevons_portrait_extract.jpg

  ジェヴォンズは自然科学にも深い関心を持っていた。この問題を解決するために、彼は模型を用いた障害物による風の実験を行い、その結果を1861年に論文で発表した。それは2枚のガラス板の間に煙を流して、障害物によって空気の流れがどのように変わるかを可視化したものだった。彼は、実験結果を次のように述べている[2]。

 空気の流れは、障害物にぶつかるとそれを飛び越える。そうすることで、隣接する平行な空気の流れに押し付けられる。これは直進方向から発散し、同様に次の流れに衝突する。しかし影響によって生じた圧力の上昇は、気流の速度を速めると同時にその厚みを減らす。・・・落下する雨粒は、重力と空気の運動の両方の影響を同時に受ける。それは長方形の対角線をたどる。この長方形の垂直な辺は雨粒の落下速度を表し、水平な辺は風によって与えられる速度を表す。言い換えれば、落下する雨粒の軌道の(鉛直方向からの)傾斜角の接線は、風の速度にほぼ比例して変化する。

簡単に言うと、長方形の底辺は降水量に比例するが、風が強いとこの底辺が雨量計の間口よりどんどん長くなるということである。彼はこう結論している[2]

障害物の頂上には他の場所よりも少ない雨しか降らず、余剰分は障害物の風下側に運ばれることが、かなり明確に示されていると私は思う。このメカニズムによって、高所における雨量の欠損現象が十分に説明されることに私は疑いを持っていない。
雨量計と風速との関係

雨量計周辺の風の流線の模式図。風の線の間隔が狭いほど風が強い。 

彼は実際の風を同時に観測した降水量の観測結果を引用して、「建物頂上に設置した雨量計と地表の雨量計で観測される降水量の差は風速に比例する」と明確に述べている。これによって、風が強い上空ほど雨量計で観測した降水量が減ることが明確になった。これは観測において、測定器が正確でもその観測手法によって測定結果が正しいとは限らないことと、その判断が如何に難しいかを示している。   

その後、19世紀末から王立気象学会のジョージ・J・サイモンズなどによって降水量の観測にどのような条件が適切なのかの実験が繰り返され、雨量計の設置条件が決定された。気象庁では雨量計を用いた観測に、例えば以下のような環境を推奨している[3]

降水の観測は,できるだけ風の影響がない場所とするのが理想である。これは雨滴や雪片が風の影響を受けて雨雪量計受水口に入らなくなるのを防ぐためである。・・・近くに建物がある場合は,建物による局地的な風の乱れの影響を防ぐため,その高さの少なくとも2倍以上,できれば4倍以上離れた位置に設置する。傾斜地や建物の屋上は観測場所としては,特殊な観測目的以外は,適当でない。雨雪量計そのものも風の影響を受けないようできるだけ低く設置する。

気象庁では基準に沿った場所に雨量計を設置するとともに、降水量の観測地点を見回って、周囲の樹木や建築物などの観測環境に変化がないかなどを定期的に確認している。

 (次は「気象警報の伝達苦労の今昔」)

参照文献

[1] Ian Strangeways, A history of rain gauges, Weather, Vol. 65, No. 5, 2010.

[2] W. S. Jevons, On the Deficiency of Rain in an elevated Rain-gauge, as caused by Wind, Philosophical Magazine and Journal of Science, Vol. XXI, 1861. 

[3]気象庁、気象観測の手引き、1998