2020年11月11日水曜日

成層圏準二年振動の発見(4)QBOのメカニズム

  一般的には、波はエネルギーや運動量の輸送を伴っている。前回発見された混合ロスビー重力波と赤道ケルビン波も、成層圏下部で発生した際に水平方向だけではなく鉛直方向にも伝搬し、その際にエネルギーや運動量を輸送する。上層では大気密度が減少するので波の振幅は増大し、成層圏上部などで不安定になって壊れる。すると運動量を放出してそこで風を加速する。しかしそれらの波による運動量の輸送は、その途中の高度についてはほぼ通り抜けるだけで、ほとんど影響を与えない。鉛直方向に伝搬する波が途中の高度の風を正味で加速したり減速したりするためには、別なメカニズムが必要になる。

 1967年にアメリカのスクリプス海洋研究所のブッカー(Booker)とイギリスのケンブリッジ大学のブリザートン(Bretherton)は、中緯度で西風が山岳に当たって作られた重力波(山岳波)を調べた際に、重力波が上方へ伝搬して「クリティカル・レベル(critical level)」と呼ばれる波の位相速度が上空の風と同じ速度になる高度に達すると、重力波の持つ運動量が放出されて風の運動量に転化し、そこの風を加速することを発見した。そのためクリティカル・レベル付近では、わずかな高度差で風の風速が大きく異なることになる。このように風速が勾配をもつ場所をシアー領域(shear zone)と呼ぶ。1968年にハーバード大学のリンツェン(Lindzen)とワシントン大学のホルトン(Holton)は、このメカニズムを赤道上の波に応用して、以下のメカニズムによってQBOの説明を試みた。

 東向きの運動量を持った混合ロスビー重力波が西向きの風(図の水色)の中を上方で伝搬してシアー領域(図の白色)に達すると、そこで運動量を放出して風を東向き(図の橙色)に変える。すると図に示したようにシアー領域が下降する。つまり東向きの運動量を持った波が上方に伝搬すると、シアー領域の直前から風を東向きに加速し始めるためシアー領域をゆっくり下降させる。その上層が西向きの風であるシアー領域が成層圏下部の圏界面付近の高さにまで下降すると、成層圏全体がほぼ東向きの風になる。

QBOのメカニズム
QBOが起こるメカニズムを単純化した模式図(Schematic diagram of simplified QBO mechanism in the case of easterly in the lower stratosphere)。
成層圏下部から上向きに伝搬する波が、シアー領域で東向き運動量(橙色)を放出するとシアー領域が下降することを示す。色は風向を表しており、東向きの風(westerly)を橙色(orange)、西向きの風(easterly)を水色(blue)で示す。ここでは単純化のために、シアー領域の風の色を白にしている(shear zone: white)。これによってシアー領域が下降することがわかる。下層まで東向きの風(橙色)になると、今度は西向き運動量を持った波が成層圏下部から上方へ伝搬することが可能になる(右図)。すると上層から西向きの風(水色)に変わって、上層が東向きの風の際と全く同様なメカニズムが働く。

 すると東向きの運動量を持った波は鉛直方向にはもはや伝搬できず、その代わり今度は西向きの運動量を持った波が成層圏上層まで伝搬することが可能になり、そこで西向きの風を作り出す。これによって、加速する方向が逆なだけの東向きの風と同じメカニズムが作用する。つまり、この西向きの運動量を持った波は、シアー領域で西向きの風を加速してシアー領域を圏界面の高さまでゆっくり下降させる。すると成層圏全体が西向きの風になって今度は東向きの運動量を持った波が上方に伝搬する [4]。この繰り返しが成層圏の風が準二年の周期で上層から東風になったり西風になったりする振動をもたらす。これがQBOのメカニズムである。

 リンツェンとホルトンが提案した当時は、東向きの運動量を持った混合ロスビー重力波だけが赤道大気で実際に発見されていた。それだけだと西向きの風は発生しないので、西向きの運動量を持った別な波があるはずだった。前回述べたように、1968年にウォーレスとカウスキーが発見した赤道ケルビン波が西向きの運動量を持っていることがわかり、1972年にリンツェンとホルトンは1968年に出した説を修正して、東向きの加速を引き起こす混合ロスビー重力波と西向き加速を引き起こすケルビン波という2つの波が鉛直に伝搬してQBOを引き起こすというメカニズムを確立した [5]。

 ところが1990年頃から、混合ロスビー重力波と赤道ケルビン波だけでは、QBOを作り出すほど十分に西風と東風を加速しないことがわかってきた。現在では、それらの波に加えて両方向の運動量を持つ重力波(gravity waves)によってQBOの西風加速と東風加速が起こると考えられている [4]。赤道慣性重力波が引き起こす振動のメカニズムは同じである。さらに一部の波は成層圏を通り抜けて下部熱圏でも準2年周期振動を引き起こすと考えられている。

 QBOは対流圏中緯度の波の特性を変化させ、極渦の強さや中・高緯度の気圧にも影響を及ぼしている。またQBOに伴う2次循環の変化は成層圏でのオゾン、水蒸気、メタン等の化学組成にも影響を与えると言われている。そういう意味では、QBOは我々の日々の気象ともつながっている。

(このシリーズおわり)

Reference(このシリーズ共通)
[1] Kevin-2012-Sereno Bishop, Rollo Russell, Bishop's Ring and the Discovery of the Krakatoa Easterlies, Atmosphere-Ocean, 50, 2, 169-175. 
[2] Bishop-1884-The remarkable sunsets, Nature, 29, 259-260. 
[3] Bishop-1884-The equatorial smoke stream from Krakatoa, Hawaiian Monthly, 1, 106-110. 
[4] Maruyama-1997-The Quasi-Biennial Oscillation (QBO) and Equatorial Waves - A Historical Review, Papers in Meteorology and Geophysics, 48, 1, 1-17. 
[5] Baldwin et al.-2001-THE QUASI-BIENNIAL OSCILLATION," Reviews of Geophysics, 39, 2, 179-229. 
[6] Simon Winchester, A Tale of Two Volcanos. New York Times, 15, 4, 2010. 
[7]廣田 勇, 地球をめぐる風, 中央公論社, 1983. 

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