2022年8月30日火曜日

シャピロ・カイザー低気圧モデル

前線のその後」と「前線を伴った低気圧モデルの100周年」で、シャピロ・カイザー低気圧モデルに触れた。これは現在の低気圧モデルの主流なので、もう少し詳しく説明しておきたい。

近年、天気予報番組での前線の扱いは昔より減っているようである。雨に関しては、降水量の分布予測(降水短時間予報が出るので、それを見れば天気図を見ずともいつどこで雨が降りそうかがわかる。前線はその際に、どうしてそこで雨が降るのかの解説に使われる位ではないだろうか。停滞前線の場合は大雨の予測に用いられることがある。しかしそれも、近年は線状降水帯という表現に取って代わられつつあるかもしれない。風に関しても動画化されており、気温の予測やその解説などもそういった動画の方が使われているようである。

このように以前と比べると、低気圧モデルそのものは天気予報にはあまり使われなくなっているかもしれない。しかし総観気象学においては、低気圧モデルはいつ、どこで、どうして発達するのか(そのためにどこで悪天候になるのか)を理解するのにまだ重要である。

1920年前後にヤコブ・ビヤクネスやベルシェロンなどのベルゲン学派が、温暖前線と寒冷前線を伴った低気圧構造の概念を、密な地上観測と限られた高層気象観測を用いて生み出した。それは、いつどこでどのような天候の変化が起こりそうかの重要な革新的なガイドラインとなった。しかし、その後高層気象観測網や衛星観測の充実により、その構造が実際の観測と合わない部分も出てきた。また、低気圧の構造は一つ一つすべて異なっている。どれが普遍的でどれが個別的なのかの判断には多くのケースの積み重ねが必要となる。

典型的なベルゲン学派低気圧モデル。Iが低気圧の初期、IIとIIIが寒冷前線が温暖前線に追いつこうとする発達期、IVが追いついた後の閉塞期となる。

1987年にアラスカで、1988-1989年に大西洋で、アメリカとカナダにより発達する低気圧について、航空機や海洋ブイ、衛星などを用いて集中的な観測が行われた。その結果から、1990年にシャピロとカイザーは、新しい低気圧モデルを提示した。それがシャピロ・カイザー低気圧モデルとなった。

シャピロ・カイザー低気圧モデルの模式図。Iは低気圧の初期。IIの赤丸内は前線断裂。IIIの赤丸内は後屈前線。前線の形はTボーン型になっている。IVは成熟期で、中心付近の赤丸内は隔離された暖気核を示す。灰色は雲域。

シャピロ・カイザー低気圧モデルを少し詳しく説明すると、その特徴は、初期の前線断裂(frontal fracture)、発達期の後屈前線(bent-back front)と前線のTボーン型(frontal T-bone)、成熟期の暖気核の隔離(seclusion)からなる。

前線断裂(frontal fracture)は、低気圧中心より南で起こる寒冷前線の収縮による温暖前線と寒冷前線の分離である。この時点では寒冷前線は低気圧の中心に近い場所で温暖前線と交わるように見える。前線断裂は寒冷前線の北側(寒冷前線が温暖前線と交わっている部分)で寒冷前線が弱まって、前線が切れたようになる。IIの赤枠内。

後屈前線(bent-back front)とは低気圧中心付近より発して西側に延びた前線である。IIIの赤枠内。後述するように、これは一時期、二次寒冷前線と考えられたこともあった。また、この前線によっても閉塞が起こると考えられたこともあった。

前線のTボーン型(frontal T-bone)は、伸びた温暖前線の中央部付近に寒冷前線の北端がつながってT字型をなす。Tボーンとは、ステーキでの骨付き肉の骨がT字型となるカット法の一つである。前線の形(とそれに伴う雲の形)がそれに似ているため、そう呼ばれている。

暖気核の隔離(warm-core seclusion)は、低気圧中心付近に巻き込まれた西端の後屈前線が、最終的に低気圧の中心部の空気塊を包み込む。その結果、比較的温度の高い空気塊の核が隔離される。これが暖気核の隔離である。IVの赤枠内。この隔離された空気塊は、温暖前線前部の暖気よりも冷たいが、寒冷前線後方の空気塊よりも暖かいものとなる。この隔離された空気塊は地上と接しており閉塞ではない。

これらの実例は「前線を伴った低気圧モデルの100周年」の衛星画像で示したとおりである。

実は、これらの特徴は前線のTボーン型を除いて何らかの形でベルゲン学派やそれ以降の研究者たちも気づいていた[1]。これらの特徴は、当時の限られた観測と議論の中で、典型的な低気圧の特徴からは外されていったようである。例えば本書「9-2-5前線の閉塞と低気圧の一生」で述べているように、ベルゲン学派も最初は「隔離」という概念を用いていたが、その後「閉塞」という考え方の方が主流となった。

シャピロたちも、自分たちが提示した低気圧の特徴が以前から取り上げられてきていることを認識していた。シャピロ・カイザー低気圧モデルは、以前から断片的に取り上げられていたこれらの特徴をきちんとデータと解析から証拠立てて、普遍化したものである。

上述したように、シャピロとカイザーが新しい低気圧モデルを提示したのは1990年であるが、日本の高薮出氏が1986年にコンピュータシミュレーションでシャピロ・カイザー低気圧モデルに近い低気圧の構造を再現していた[2]。この低気圧シミュレーションでは、そういう用語を用いてはいないものの、後屈前線などの特徴を既に明確に示していた[1]。

なお、低気圧と前線については、小倉義光著の「日本の天気」(東京大学出版会)の第4章と第5章にわかりやすい解説がある。少し専門的になるが北畠尚子著による「総観気象学 基礎編」の「5.3 温帯低気圧・前線の概念モデル」[3]にも解説がある。こちらは気象庁のホームページからダウンロードできる(参照文献にURLを挙げる)。


参照文献

[1]David M. Schultz and Daniel Keyser, 2021: Antecedents for the Shapiro.Keyser Cyclone Model in the Bergen School Literature, Bulletin of the American Meteorological Society, FEBRUARY 2021, https://doi.org/10.1175/BAMS-D-20-0078.1

[2]Takayabu, I., 1986: Roles of the horizontal advection on the formation of surface fronts and on the occlusion of a cyclone developing in the baroclinic westerly jet. J. Meteor. Soc. Japan, 64, 329.345, https://doi.org/10.2151/jmsj1965.64.3_329.

[3] 北畠尚子(気象庁監修), 2019:「総観気象学 基礎編」https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/expert/pdf/textbook_synop_basic_20210831.pdf


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