2022年5月7日土曜日

大規模核戦争の場合の影響

はじめに 

このブログの「大気圏核実験に対する放射能観測」では、主に1950年代からの大気中核実験の影響と観測について述べた。当時はキューバ危機などの核戦争の恐怖が実感としてあり、また各国の核実験によって、それから放出された放射能が実際に観測されていた。そのため、冷戦がエスカレートして大規模核戦争が起これば人間やその生活にどのような影響があるのかに関する総合的な研究も行われていた。

その後、部分的核実験禁止条約などにより、大気中の核実験は行われなくなった。また冷戦の緊張緩和もあって、核戦争の恐怖は薄らいでいったのではないかと思う。ここに来て、再び核戦争の恐怖が再来するとは誰しも思わなかったと思う。たとえ核爆発による脅しや戦術核の使用でも、いったん始まれば徐々にエスカレートして大規模核戦争にならないという保証はない。

では最悪のシナリオとして大規模核戦争が起これば、具体的に我々の生活はどうなるのだろうか?1970年代までそういう研究が真剣に行われていた。その後科学が大幅に進歩したが、一方で冷戦の緊張も緩和した。1980年代以降、核戦争による影響の包括的な研究はあまり聞かないので、近年はそのような研究はあまり行われていないのかもしれない。そのためかなり前になるが、1975年に全米科学アカデミーが行った調査報告書「Long-Term Worldwide Effects of Multiple Nuclear-Weapons Detonations(核兵器の大量使用による世界への長期的影響)」[1]を調べてみた。これは当時権威ある報告書だったものの一つである。

これはあくまで核戦争による世界的な影響を、「大気への影響」、「自然陸上生態系」、「人間が管理している陸上生態系」、「水生環境」、「人体への影響」、「人間の遺伝子」の6つの分野にわけて、56名の科学者たちが検討したものである。核爆発が起こった付近の影響ではなく、核爆発が世界中に及ぼす影響の検討である。

これは当時の最新の科学を反映したものであるが、今日から見ると科学がもっと発展している部分があると思われる。この報告書の内容が過小評価だったり、対象とした以外の部分で新たな脅威が加わっているかもしれないが、科学が発展しても物理法則が変わったわけではないので、少なくともここに書かれている脅威が全くなくなったとは思えない。そのため、この報告書の結果を定性的に捉えることは可能だと判断して、気象学の範囲を一部超えるかもしれないが、その概要を紹介する。なお、この報告書では核戦争によって合計で104Mt(TNT火薬100億トン)相当の核爆発が起こることを想定している。

人類最初の核実験の様子(1945年7月)
https://ww2db.com/image.php?image_id=12725

1. 大気への影響


放射性降下物

地球上のどこかで大規模な核爆発が起これば、放射能を含んだ塵や雨によって放射性物質が世界中に降下してくる。北半球での爆発では北半球における降下物による放射線量は90Sr(ストロンチウム)で平均37000ベクレル/m2と推定されている(南半球は北半球の3分の1)。そして、その90%は降水によるとされている。そしてこれは平均値であり、爆発地点から数千キロメートル離れた地点でも、この数倍の濃度のホットスポットが生じる可能性があるとしている。90Sr以外の放射性降下物については報告書に書かれていない。

大気圏核実験に対する放射能観測(2)」で、大気中核実験時の日本での観測値を記しているが、最大の月別値で数万ベクレル/m2である。しかし1000ベクレル/m2以下の月も多い。平均値として37000ベクレル/m2は決して低い値ではない。

オゾン層破壊

大規模核爆発で窒素酸化物が生成される。これは成層圏まで上昇してオゾン層を破壊する。オゾン層破壊の程度は30〜70%とされている。後述するように、それに伴って紫外線が大幅に増える。窒素酸化物は自然落下により、この減少分の約60%が2〜4年以内に回復すると予想されている。

また、成層圏のオゾン減少は成層圏の気温に影響するため、その結果地上気温が低下するとも予想されている。しかしこれは不確定さが大きく、逆に気温が上がる可能性も指摘されている。

エアロゾルによる寒冷化

核戦争で成層圏に放出される塵の量は、1883年のクラカトア火山噴火で放出されたと推定される量と同程度である。1〜3年間にわたって地上の太陽放射量を平均で数%低下させると予想されている。これによって当然ある程度の寒冷化が起こると考えられる。また地域によっては何らかの異常気象が起きるかもしれない。

核戦争による寒冷化については、その後1983年に「核の冬」という考え方で詳しい研究が行われている[2]ので、そちらの方が信頼性が高いと思われる。

2. 自然陸上生態系

爆発後1週間から30年の間に植物が受ける電離放射線の総外部被ばくは、植物群落によって感受性に大きな差があるが、ホットスポットを除いて広範な影響はないとされている。ただしオゾン層の減少によって紫外線が増えるため、植物種によっては紫外線曝露量の上限を超える(つまり枯れる)可能性が指摘されている。また放射線のレベルは少なくても紫外線増加との相乗効果の可能性も指摘されている。

3. 人間が管理している陸上生態系

90Srの放射性降下物により、家畜の飼料が汚染されることが考えられる。直後は牛乳1リットルあたり約7.4ベクレル、3年以内に37ベクレルに増えると見積もられている。

また、オゾン層破壊による有害紫外線の増加により、エンドウ豆やタマネギは葉に火傷を負い、場合によっては枯死する。家畜の悪性皮膚腫瘍も増加すると考えられている。

寒冷化が起こると、植物の生育期間が短縮し栽培地域の移動が起こる。肥沃でない土地や水が少ない土地へ移動せざるを得ない可能性もある。一方で、寒冷化は収量を増やす可能性もあると述べている。しかし「先進国を巻き込んだ大規模核戦争は世界の農業に与える影響は甚大である。世界の食生活のパターンの調整が必要になるかもしれない。」と述べている。1975年当時と比べると、今日の食料事情の脆弱性ははるかに高くなっていると思われる。

4. 水生環境

水生生物への線量は自然放射線より大きくないと考えられる。放射性核種に汚染された魚介類を摂取することによる人への影響、及び電離放射線による水生生物への影響は重大でない。

 核爆発後の紫外線の増加は、紫外線に敏感な水生生物に不可逆的な傷害が発生する可能性がある。

気候変化が水温に及ぼす影響は±1℃以下と推測されている。気候変動に伴う水生環境の平均気温の1℃の変化は、水生生物の感受性個体群の地理的分布の範囲を縮小させる可能性があるが、ほとんどは大きな影響を受けないと考えられている。

5. 人体への影響

放射性降下物による線量増加は、北半球では爆発後20-30年で0.04~0.08シーベルト。この上限での自然がん死亡率は約2%増となっている。プルトニウムの吸入による癌の長期的な増加はよくわかっていない。

オゾン層破壊による紫外線増加によって、中緯度地域では爆発後約40年間、皮膚がんの発生率が約10%増加。オゾン層破壊がもっと大きければ、この3倍になる可能性がある。またその場合、10分の日焼けで重度の水ぶくれを引き起こす可能性がある。影響が小さくなるのに90年かかる。

6. 人間の遺伝子

平均して親世代が0.05シーベルトの放射線量に被ばくすると、子孫の遺伝性疾患の発生率が約0.2〜2.0%増加すると推定している。この遺伝性疾患の発生率の増加は、被爆した世代の子供だけにとどまらず、何世代にもわたって続くと思われる。影響の半減期は4世代としている。

14C(炭素同位体:ゆっくり崩壊する)による放射線の後世代への影響については、この核種が生物圏の生物に取り込まれる可能性がある期間についての知識がないため、よくわかっていない。

まとめ

最初に述べたように、これは当時の限られた知識による検討結果である。それぞれの数値には大きな誤差幅があると考えるべきである。しかし、定性的には大きな間違いはないのではなかろうか。むしろ自然はあるゆる面でつながっているため、影響が連鎖して、当時考えられなかったもっと別な影響があるかもしれない。

この評価結果は世界平均的なものであり、逆に言えば日本を含めて世界中どこにいてもその影響からの逃げ場はない。いったん核戦争が起これば、放射線の増加、環境の変化、食料の不足を含めて現在の生活を維持するのは困難と思われる。政策決定者は「核戦争に勝者はいない(1985年のゴルバチョフとレーガンによる首脳会談での共同発表)」の意味をもっと真剣に噛み締めるべきだと思う。

参考文献

[1] NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES (1975), Long-Term Worldwide Effects of Multiple Nuclear-Weapons Detonations, Committee to Study the Long-Term Worldwide Effects of Multiple Nuclear-Weapons Detonations, Assembly of Mathematical and Physical Sciences, National Research Council. 
https://nap.nationalacademies.org/catalog/20139/long-term-worldwide-effects-of-multiple-nuclear-weapons-detonations

[2] Turco, R.P.; Toon, O.B.; Ackerman, T.P.; Pollack, J.B.; Sagan, C. (1983) “Nuclear Winter: Global Consequences of Multiple Nuclear Explosions”. Science 222 (4630): 1283–92.







0 件のコメント:

コメントを投稿