(このブログは 「気象学と気象予報の発達史 」の一部です)
7. 南方振動のその後
ウォーカーが南方振動を発見した当時、その気圧振動はなぜ起こるかがわからない不思議な現象として扱われ、それ以上の研究は進まなかった。一方で、ペルー沖では毎年クリスマスの頃になると北から(赤道付近から)暖流が流れてくることが知られており、この暖流によって漁が休みになることから、沿岸の漁民はこの暖流が起こる現象を「エルニーニョ (El Niño)」と呼んでいた。ところが数年に一度、これが大規模に起こることによって、不漁が長期にわたって起こることがあった。これは現在エルニーニョ現象と呼ばれることがある。20世紀半ばまで、これは南米太平洋岸だけの特殊な海洋現象と思われていた。
本の「11-5-3 エルニーニョと南方振動の発見」に書いたように、オランダの研究者ベルラーヘ・ジュニアは、ジャカルタで南方振動の研究を行っていた。1926年に東京で開催された第3回太平洋科学会議(Pacific Science Congress)をきっかけに、彼はエルニーニョの影響を強く受ける南米の気象観測データを手に入れることが出来た。彼は1957年にそのデータを手元の南方振動のデータと見比べて、エルニーニョと南方振動が極めて高い相関を持っていることを発見した。これで海洋現象であるエルニーニョと大気現象である南方振動が同一の現象であり、それぞれがその異なった側面を見ていることが明らかになった。
1957~1958 年に、ちょうど大規模なエルニーニョが発生した。この時、国際地球観測年(IGY)によって、地球規模で広範囲な気象と海洋の観測が行われていた。この時の観測によって、エルニーニョが南米沿岸だけの現象ではなく、中部太平洋にまで及ぶ広範な現象であることがわかった。
エルニーニョの例(1997年11月の月平均海面水温平年偏差)(気象庁ウェブサイトより)
(https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の教授だったヤコブ・ビヤクネスは、この時の太平洋域の観測データを解析した。1963~64 年と1965~66 年のエルニーニョ現象での結果も確認して、1969年にそのメカニズムを発表した。彼はエルニーニョと南方振動に密接に関連した赤道上空の東西風の流れを「ウォーカー循環」と名付けて、それが起こるメカニズムについてこう述べている。
「ウォーカー循環の下で気圧傾度が大きくなると、赤道東風の増加とそれによる海洋湧昇の増加により、赤道太平洋東西間の温度コントラストが大きくなる。この連鎖反応は、ウォーカー循環を強めて、ウォーカー循環の原因となる東西の温度コントラストもさらに大きくなる。ウォーカー循環の強まりとそれに対応する南方振動の関係は、おそらくそのように影響している。他方、ウォーカー循環が弱くなると、赤道での東風の弱まりは海洋湧昇を弱めるために、赤道の東部太平洋はいつもより暖かくなって、その上の大気に熱を提供する。この熱はウォーカー循環の中で東西温度コントラストを小さくして、その循環を弱めることになる。しかし、この変化がどうやって起こるのかはまだ明らかでない。」 [17]。
エルニーニョ現象に伴う太平洋熱帯域の大気と海洋の変動。海面上の東風がウォーカー循環の一部をなしている(気象庁ウェブサイトより)
https://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html
この海洋と大気が一体となって起きる世界規模の現象は、1983年にエルニーニョ・南方振動(ENSO)と命名された。本来は世界の異常気象の予兆を示す南方振動であったが、現在ではENSOはむしろ世界各地での異常気象の起こりやすさの指標のような使われ方をすることも多い。そしてウォーカーが指摘した「南方振動がその後の世界規模の多くの気象との有意な相関関係を持っている」という特徴は、ある地域の気象が遠くの気象と関連している「テレコネクション」と呼ばれる気候の新たな研究分野となっている。
さらに気象の大規模な振動現象について、南方振動をきっかけとして現在では北極振動、太平洋十年規模振動、大西洋数十年規模振動など、さまざまな新たな振動が見つかっている。南方振動はかつてはなぜかよく分からない現象として、長い間ごく一部の専門家以外が取り上げることはなかったが、今日ではウォーカーが述べたように世界的な規模を持った気象として、それにふさわしい関心と評価を受けているようである。
(このシリーズ終わり:次は「キスカ島撤収-「ケ」号作戦(1)」)
参考文献(このシリーズ共通)
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