2025年1月12日日曜日

低気圧発達の解明(2)傾圧不安定とは

 (このブログは 「気象学と気象予報の発達史 」の一部です。)
 

低気圧発達の解明(1)歴史的経緯 」では、低気圧の発達が傾圧不安定によることが解明されるまでの経緯を説明した。「傾圧不安定」は気象学の専門用語であり、低気圧の発達を説明する際にしばしば使われるものである。気象学を勉強しようとした人は、目にしたことがあるかもしれないが、実はこの概念は直感ではわかりづらい。

気象学の教科書では、傾圧不安定について多くの数式を用いて説明されていることが多いが、これを理解するのは簡単ではない。そのため、ここでは正確さにこだわらずにざっくりと説明したい。詳しい理解を目指す方は教科書の方を見ていただきたい。 

まず「不安定」という言葉であるが、これはよく使われる「大気が不安定」のような言葉の使い方とは少し異なっている。傾圧不安定の「不安定」は、低気圧のような大気擾乱が「発達する」ことに重みが置かれている。中緯度では緯度が高くなるほど気温が下がり、偏西風(ロスビー波)が高度とともに強まる。これはいわゆる「温度風」のメカニズムである。このような大気を「傾圧大気」と呼んでいる。 この傾圧大気において、気圧の中心軸が高度とともに西に傾いていると傾圧不安定が起こる。

なぜ低気圧などの気圧の中心軸が高度とともに西に傾くことがあるかというと、寒気が西から流入してくると、西方では大気密度が高まる。気柱量全体は変わらないため、寒気が流入した西側ほど上層の気圧が低くなる。その結果、低い気圧の中心軸が西に傾くことになる。そして、このような状態が低気圧の発達に大きく関連する。

この低気圧の発達には偏西風(ロスビー波)が大きく関与している。式を使わずに記述的に言えば、温度風が卓越している(つまり、南北間の気温勾配で上空ほど西風が強まる)状態で、上層の気温の谷が気圧の谷より西に位置すると低気圧性渦が強まる。そのため、寒気が西から流入すると、上層の気圧の谷で低気圧性の渦が強まる。そして気圧の谷の上流側では大気が収束して上昇流が発生し、気圧の谷の下流側で大気が発散して下降流が発生することになる。

  傾圧不安定が発達する状況。偏西風の中での上層の等温線と等圧線の分布のずれによる上昇流域と下降の発生を上から見た模式図。青色の実線は等圧線、橙色の破線は等温線。図中のHとLは、それぞれ地上の高気圧と低気圧を示す。図には示していないが、等圧面の傾き∇Pと等温面の傾き∇Tの外積をとったものが、下向きになる場所が高気圧性の渦(下降域)になり、上向きになる場所が低気圧性の渦(上昇域)となる。これから等圧線と等温線の曲率のずれが、重要であることがわかる。

傾いた気圧の中心軸によって、上層の偏西風の発散域が地上の低気圧の真上にあり、そこの発散が下層での収束を上回れば、気圧が下がって低気圧が発達することになる。このため、上空の気温の谷(低温域)が地上の低気圧の西から近づくと、低気圧上層の発散が強まって低気圧が発達する。このように、西から寒気が流入することが、傾圧不安定によって低気圧が発達するポイントの一つとなる。

典型的な傾圧不安定のパターンの模式図
「気象学と気象予報の発達史」(丸善出版)の図10.4

なお夏場などに、寒気の流入によって「大気が不安定になる」など予報が出ることがよくある。この場合は局地的な積乱雲による雷雨になる。夏季は偏西風帯(亜熱帯ジェット)が北上して北海道かそれよりもっと北に位置することが多い。そうなると、日本付近は背の高い一様な太平洋気団(小笠原気団)に覆われて、温度風による傾圧状態にならない。

こうなると寒気が流入しても傾圧不安定が起きず、組織的な低気圧は発達しない。下降する上空の寒気と上昇する地上付近の暖気によって局地的な積乱雲が発達して、狭い地域での雷雨などになる。


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