2024年7月6日土曜日

フェーン現象の解明

最近、異常高温になると、「フェーン現象により」などの解説がなされることがある。昔からフェーン現象という言葉は使われてきたが、最近は昔より聞く機会が多くなったようである。

フェーンの語源は、ギリシャ語のファヴォニウスとも言われており、意味は暖かい西風だった[1]。このように、フェーンはある種の風を指す言葉である。ドイツ南部などでは、ときおりアルプスから高温の乾燥した南風が吹き下ろすことがあり、この風は昔からフェーンと呼ばれていた。

本書の「8-1-3 フェーンの解明」で解説しているように、フェーンを有名にした事件は、1704年に起こった。1月28日にスイス軍が、ミュンヘンの約60 km南にあるベネディクトボイアーン修道院を攻撃しようとした。冬季であり修道院へ続く沼地は凍っており、進軍を容易にしていた。

ところが、スイス軍が進軍を開始した正午頃から、フェーンによる高温の南風が吹き始めた。沼の氷が急速に溶けてぬかるんで、兵士たちが足をとられるようになったため、スイス軍は修道院の攻撃を断念した。この修道院を守った高温のフェーンは、聖アナスタシアの祝祭日の前日に起こったため、「アナスタシアの奇跡」と呼ばれて知られることとなった。

19世紀後半まで、どうして高温で乾燥したフェーンが吹くのかは謎だった。フェーン現象の仕組みを解明したのは、オーストリアの有名な気象学者ユリウス・ハンである。彼は幼い頃から身近にフェーン現象を経験してよく知っていた。彼はグリーンランドで起こる似たような高温の風について、その付近に熱源がないことに注目した。このこととヨーロッパでのフェーン現象を熱力的に吟味して、彼は1866年に、フェーン現象は風がアルプスを吹き下ろす際に断熱圧縮されて高温になって乾燥したもの、と結論した。

また総観気象の調査から、アルプス南方に高気圧、ヨーロッパ北部に低気圧があってアルプス南斜面で雨が降っているような時にフェーンが起こることもわかった。これらの一貫した説明から、フェーンの原因は、アルプス南斜面で上昇した空気が降雨によって潜熱を放出して乾燥して暖められ、北斜面に到達して下降する際に断熱圧縮によりさらに気温が上昇するため、であることがわかった。この考え方は、当時確立され始めた熱力学の、気象学における有用性を示すものだった。

風によって山に沿って空気が上昇すると、断熱膨張によって冷却され、尾根を越えると下降して断熱圧縮によって加熱される。しかしこれでは、原理的には風下の気温は風上の気温と同じである。しかしながら、フェーン現象では、上昇時の断熱膨張によって水蒸気が凝結して雲や雨となって潜熱を放出するため、下降すると風下では風上より気温が上昇する。

雲を伴いながら山頂を越えてフェーンが吹き下ろすと、山の風下側では上空の雲が切れて青空になることがある。ヨーロッパでは、これを「フェーンの穴」と呼ぶことがある。また下降流となって雲が切れる山脈の尾根の上には、雲が断崖のように連なることがある。これを「フェーンの壁」と呼ぶことがある。地上に降りてきた風は反動で上空へ跳ね返ることがあり、そうすると上空で上下する波となって、高積雲と青空が交互に線状に現れることもある[1]。

フェーンの壁(スペイン、カナリア諸島のラ・パルマ島)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:La_Palma_-_El_Paso_-_Cumbre_Nueva%2BFoehn_(Mirador_Llano_del_Jable)_01_ies.jpg

冬季の暖かいフェーンは、雪解けを早めたりして農業に有用なこともあるが、乾燥しているので、大火をもたらすこともある。もちろん、夏季のフェーンによる異常高温は、熱中症などの多発をもたらす。

上述したように、フェーン現象による高温は、風上での潜熱放出が原因と考えられていたが、近年は変わってきている。低層の空気が山を越えるより、むしろ上層の空気が山に沿ってそのまま風下に吹き下ろす場合がある。上空の大気は、一般に温位が高いので、地上に降りてくると高温になる。これは風上での降水を伴わない。このタイプのフェーン現象が日本では8割を占めるという研究もある[2]。

(次は電磁気学者ヨゼフ・ヘンリーと気象学

参照文献

[1] 吉野正敏、風と人びと、東京大学出版会、1999.
[2] Kusaka et al., Japan's south foehn on the Toyama Plain: Dynamical or thermodynamical mechanisms?, International Journal of Climatology, 2021, https://doi.org/10.1002/joc.7133

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