4.6 放射能ゾンデ
1954年夏から気象研究所において、高層大気中の放射能を測定するために、ラジオゾンデをベースにした放射能ゾンデの開発が始められた。この測定は、成層圏の放射性物質の残量及び降下状況の推定のため、核実験で放出されたセシウム137からのガンマ線量を地表から高度約30 ㎞までゾンデにより観測するものである。1959年から高層気象台で観測が開始された。当初は感部にGM管を用いていたが、高層気象台ではガンマ線エネルギー分布を求めることができるタリウム化ヨウ化ナトリウム(NaI)を感部に用いたシンチレーション検出器の開発に成功し、1973年からはそれを感部に用いたゾンデに変更された[3]。
放射能ゾンデ
Sonde for radioactivity
観測結果の経年変化から、1980年10月の中国核実験の影響が高層大気中にしばらく残っていたことがわかっている。また1987年の観測ではチェルノブイリ原発事故の影響が高層大気まで現れていること等が明らかになった[4]。
大気放射能(ガンマー線)の最大計数値とその高度の経年変化(気象庁「放射能観測成績」より)。縦バーは毎分の最大計数値(左軸)、青印はその観測高度(右軸)。
Time Series of Maximum Atmospheric Gamma-Radioactivity
5. 主な観測成果
気象庁による放射能観測は、住民に降り注ぐ放射能の監視という役割もあったが、放射性物質をトレーサーとして使うことにより、大気の振る舞いを気象学的に解明することにも貢献した。
1956年ころから気象庁の放射能観測もようやく軌道にのった。大型の核実験が行われると微気圧観測結果や国外からの情報をもとにしてその発生源と発生時刻を知り、更に流跡線解析図法により日本に降下した放射性物質の経路を追跡することができるようになった。ビキニ環礁からの放射性物質は、貿易風に乗って西に移動してからフィリピン付近で小笠原高気圧の周辺に沿って北上し、日本に来るまでにおよそ1~2週間かかることがわかった。南西シベリアや北極海のノバヤゼムリヤからのものは、偏西風に乗って急速に東に移動し、およそ3日から1週間で到達することが分かった[3]。
フランスは1960年2月13日にサハラ砂漠で核実験を行った。雨水の放射能測定がこれによる放射性物質を捉えることに成功した。この放射性物質は西風に乗っておよそ2週間で日本上空に達し、日本上空で寒冷前線に伴った降雨に捕らえられて降下したことが、放射能観測と気象解析の結果からはっきり確認された。この結果は国連放射線影響科学委員会(United Nations Scientific Committee on the Effect of Atomic Radiation:UNSCEAR)の報告書にも掲載された[3]。
放射性物質が中緯度に沿って西から東へ地球を一周した場合、一度検出されたものがおよそ2週間後に再び検出されることも度々あった。このようにして、北半球で核実験が行われると、それがどこであっても必ず日本に放射性物質の影響があることが明確になった[3]。
大気中の核実験による放射性物質の降下量は、1961年から1962年に行われた大規模核実験により、翌年の1963年に最大値を観測した。この成層圏に大量に注入された放射能は、その降下を地上で観測することによって、気象学の新たな知見の発見に貢献した。それらには、成層圏での放射性物質の滞留時間、南北両半球間の大気の交換時間、成層圏と対流圏間の大気の交換過程、特に春季の降下量の極大(スプリングピーク)などの季節変化、成層圏内での物質の輸送など、それまで未知であった気象のメカニズムの解明が含まれている[5]。
その後、1963年に「部分的核実験禁止条約」が締結されて米英ソの大気中核実験が中止された結果、降下量はおよそ1年後から減少した。しかし、中国及びフランスにより大気中核実験は続けられ、放射性物質の降下量は増減を繰り返した。1980年の最後の中国の大気中核実験の後、放射性物質の降下は徐々に減少し、1985年には1957年の観測開始以降最も低いレベルになった。しかし、1986年、旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所事故により、大気中の放射性物質は日本でも1963年に近いレベルに達するほど一時的に増加した。この事故により放出された放射性物質の大部分は対流圏の滞留時間(25日)で減少したが、セシウム137の一部は地上から成層圏に輸送されたことが分かった[5]。
(つづく)
参考文献(このシリーズ共通)
[1] https://en.wikipedia.org/wiki/Castle_Bravo
[2] Miyake(1954)The artificial radioactivity in rain water observed in Japan from May to August、 1954、 Papers in Meteorology and Geophysics、 5、 173-177.
[3] 気象庁(1975)放射能観測業務回顧、気象百年史 資料編、267-272.
[4] 地球環境・海洋部環境気象管理官(2006)放射能観測50年史、測候時報、73、6、気象庁、117-154.
[5] 気象研究所(2007)Artificial Radionuclides in the Environment 2007、 ISSN 1348-9739.
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