2021年4月21日水曜日

南方振動の発見者ギルバート・ウォーカー(4)

 4. インドへの赴任

 4.1. それまでのインドモンスーンの季節予報

19世紀のインドでは、その数多い人口は主に自国内の農業による食糧によって維持されていた。また、インドの産業も農業生産物の輸出に依存していた。その人口と産業を支える農業はモンスーンによる夏季の降雨に左右された。インドモンスーンは発生しない年があり、そういう年は少雨による干ばつによってしばしば飢饉が起こった。そのモンスーンを予測する季節予報に最初に取り組んだのは、イギリスのヘンリー・ブランフォードである。彼は地質学者で、1855年にインド地質調査所に赴任した。彼は1864年に沿岸に7万人の被害者を出したサイクロンに興味を持ち、地質学研究の野外調査で体を壊したこともあって、気象学の研究に入った。彼は1875年に設立されたインド気象局の初代長官となった。1876年に干ばつによる大飢饉が発生したため、翌年に彼は飢饉委員会から、干ばつに対するモンスーンの季節予報を要請された。

ヘンリー・フランシス・ブランフォード
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Henry_Francis_Blanford.jpg

1882年からモンスーン季節予報のための予備調査を行い、彼はインド全土だけでなく、ユーラシア大陸からオーストラリアまで大英帝国内外にある気象観測所の気象データの収集を行った [4]。1885年春にヒマラヤ西部の積雪が多かったことからその年の夏季のモンスーンによる降水量が少なくなると発表し、その予測は的中した。この実績により、ブランフォードは1886年にインドからビルマまでの降水量についての季節予報を開始した [4]。また彼は、干ばつがモーリシャス、オーストラリア、アジアの大部分を覆う高気圧とも関係しているかもしれないとも考え、1887年にはプレモンスーン期のインドの気圧分布と気温の関係も調べた。これは後のギルバートの研究の一部と関連するものだった [5]。

1893年にプランフォードが58歳という若さで亡くなると、その後継者に指名されたのはカルカッタのプレジデンシー大学の物理学教授だったジョン・エリオットだった。彼はケンブリッジ大学セントジョーンズ・カレッジを卒業し、その際に同大学の優秀学生に送られるスミス賞を受賞していた。彼はブランフォードの研究成果をさらに進める形でモンスーンの予測を進めた。彼の下には科学的な知識を持った職員がおらず、彼自ら研究して予報の改善に努力した。

エリオットは、モーリシャスの高気圧が南インド洋から大気を北方に駆動することがモンスーンの風の原因と予想して、その高気圧が強いほどモンスーンが雨をもたらすと推測した [5]。それはそれほど強い根拠を持ったものではなかったが、彼は1895年からインド全土を対象とした降水量の季節予報を開始した。エリオットは他にも科学的な成果も数多く出版しており、貴重な気候図を作るなど優れた手腕を持つ行政官でもあった。彼は1899年にインド気象局長官に就任した。

 

モンスーンの発現時期(色によって時期が示されている)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:India_southwest_summer_monsoon_onset_map_en.svg

1899年春は前年同様に南西モンスーンが到来して例年通り雨が降りはじめた。インド気象局は5月の降水量は平年以上になると予想した。ところがエルニーニョの影響により6月になると突然雨は止んで干ばつが始まった。インド気象局は秋になればモンスーンによる雨が戻ってくると予測したが、これも当たらなかった [4]。

飢饉委員会の報告によれば、1899年から1900年にかけてのボンベイ州やデカン州の収穫高は平年の12%しかなく、カルマータ州では16%、グジャラート州ではわずか4%しかなかった [4]。1899年から1901年の死亡者合計について、飢饉委員会の調査では125万人と報告しているが、別な報告書では325万人という報告もある [4]。彼は新聞紙で激しく非難され、そのため1901年にはモンスーンの季節予報は機密文書扱いとなり、気象局の外には発表されなくなった。

エリオットはモンスーンの季節予報について抜本的な方策を考えた。しかし、当時の気象学はそれに対してあまりにも無力だった。彼は自身の手には負えないと考えたに違いない。この事態を改善しうる独自の才能を持った人材を探した。彼は同じケンブリッジ大学の同窓生で、卒業試験で数学首席(シニア・ラングラー)を得ていたギルバート・ウォーカーに目を付けた。

つづく


参考文献(このシリーズ共通)

[1] Taylor I.G., 1962: Gilbert Thomas Walker. 1868-1958. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society, The Royal Society, 8, 166-174.
[2] Walker M.J., 1997: Pen Portrait of Sir Gilbert Walker, CSI, MA, SCD, FRS. Weather, Royal Meteorological Society, 52, 217-220.
[3] Walker T.G., 1901: boomerangs. Nature, Nature Publishing Group, 64, 338-340.
[4] 田家康, 2011: 世界史を変えた異常気象, 日本経済新聞社.
[5] Normand C., 1953: Monsoon seasonal forecasting. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, Royal Meteorological Society, 79, 463-473.

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